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直感の考古学 研究ノート
Archa
20030630新設
地方公共団体における考古学・埋蔵文化財関係の専門職員の増加は、考古学の流行化や、埋蔵文化財という語の定着とともに、従来の大学を基盤とした好古学を覆した。そして現在、考古学は【学問的成果】と【公共福祉的成果】の2つを義務とするものへと変容を余儀なくされ、考古学のあり方を個人的動機に帰する素朴な【好古学研究】さえも、覆されようとしている。その賛否は置いておくとして、この両者の要請に応えることができなければ、考古学の学問的基盤、ひいては公共への認知が瓦解すること必至であろう。
大学院を出で研究の途についたばかりの筆者にとって、この問題は、今後の人生に関する最も重大な問題である。しかし若輩である筆者が、このような問題に対して誰しもが納得できる回答を用意できるかといえば、どだい無理な話であろう。また、最大公約数的な議論はすでに試みられているし、研究目的の多様化した現在、そうした活動の意義は薄れつつある。本稿は、異論を承知の上で、現代における考古学の位置付けを試みたものである。あくまで試論であり、筆者のような若輩者が行うことが、逆に、考古学にとって益であることを望む。
1 現代社会と考古学
逆説的ではあるが、ポストモダニズムなる用語をもって一括して特徴づけられた20世紀後半の思想潮流は、その後明確な主流を形成することなく、現在に至っている。結果、いわゆる構築主義的[一]・カオス的な議論が重視され、真理の探究という言葉が、不用意に論じられることはなくなった。逆に【いま・ここ】の重視により、諸学問の現世利益的成果が求められているのが現状であろう。この流れに賛否両論は当然あろうが、実際にこの傾向を止めることは、現代社会の考古学である以上、不可能と言える。
こうした流れは、一般に科学と半ば憧れをもって呼称された、方法論的に厳密(とされる)分野である物理学や生物学、そして言語論的転回を経た哲学や社会学などによって、全体論的な研究、システム科学的研究として発展している。その影響は、近年の上野千鶴子氏による日本歴史学に対する批判[二]などにみられるように、分野外として無視できるものではない。
歴史学に対する主要な批判は、構築主義的思考からの批判である。歴史が今現在における構築物であるとするその思考は、歴史の真実を明らかにするという素朴な歴史学の目標を根底から覆すとともに、当の現在への成果還元を要請するものであった
何の役に立つのか−学問的な認知と社会的な認知−
すでに述べたように、説明責任(アカウンタビリティ)という言葉が流行し、また公共財としての埋蔵文化財の認知が広まるにつれ、考古学には学問世界のみならず、現代社会への成果還元が要請されるようになった。
この2者にまず要請される説明責任とは、【考古学が何の役に立つのか】という問いに対する回答である。現代社会の一学問として成り立つため、また埋蔵文化財行政が成り立つためには、この問いに答える必要があろう[五]。しかし下に述べるように、成果に対する価値観が異なるこの2者に、同じ内容の貢献を安易に認めることはできまい。学問的な成果と社会的な成果は、一旦分離して考える必要がある。
両者における成果還元は、質的に異なっていると考えてよいだろう。学問的な成果は、結果はもちろんのこと、それにたどり着くまでの過程・論理が重視される。つまり理論・方法論的な強靭さが必要となる。そこでは新しい結果はもちろん、新しい方法や新しい視点、新しい問題点も成果となる。ここですべての語句に冠される【新しい】とはいかなることであろうか。それは端的には【従来と異なる】という意味にほかならない(オリジナリティ)。つまり研究とは、その成果がほか(従来)と異なることを意識的に示しつつ、行わなければならないものである。
一方、社会的な成果は、まず新しい結果が必要となる。さらにその上で、わかりやすく整合性のある説明が求められよう。理論・方法論は、厳密に行われているという学問的な認知による承認があれば、それほど重視はされない。しかし現世利益的成果を求められる現在、多額の税金を使って行われる埋蔵文化財行政(=考古学)には、その活動が大学世界に限られている多くの他学問と異なり、その根拠が鋭く問われるに違いない。数千年にわたる人々の営みの痕跡を、わずか数十年で破壊し尽くそうとする現在の開発の波から守るのは当然のことだと擁護する議論がある一方で、【いま・ここ】の重視により考古学に何の成果も見出せないという議論が存在する[六]。
ここで、他学問分野における成果を考えてみよう。たとえば哲学は、主に学問的思考に貢献するものであり、その結果、現在および将来的な成果へとつながるものである。システム科学や生命論などの20世紀後半にみられた大きな学問的発展は、哲学に負うところも多い。一方社会学は、文字どおり社会分析・社会診断を行い、理論社会学は哲学と同様、思考的な成果還元をも目指す。たとえばP.ブルデュー氏の場合、経済資本と象徴資本間における密接な関係が隠蔽されていることに注目した(ブルデュー1990)。ブルデュー氏は、その分析手法を【現象に逆らって勝ち取られねばならない】と形容している。その意味でブルデュー氏は、「隠蔽」された構造を「暴露[七]」する社会学者であり、学問的な新しい成果、社会に対する暴露活動と、両者に対して明確な成果を提示している。なるほど確かに、一般の人々に氏の成果が直接的に還元されているかといえば疑問ではある。しかしながら、両者に成果還元を求めるその姿勢は見習うべき点が多い。筆者は考古学がこのような姿勢をつくりだせていない点に、社会的認知の議論が揺れている理由があると考える。
では、社会的な認知を得るためにはどのような活動を行うべきか。結局は学問的な成果を出すこと、これに尽きるだろう。それは社会的認知が学問的専門性に対する信頼で成り立っている以上、代わる道はない。しかし大きく異なる点が、成果提示の対象である。学問的認知は、考古学の方向のみに向いた成果を提示しても得られない。そこではたとえば社会学的な成果、哲学的な成果へとつなげる必要があり、それは結果的に現代社会への成果提示となるであろう。これを「思考的な還元」と仮に呼ぶが、この還元は、考古学が他学問分野と異なっている点(オリジナリティ)を持つ限りにおいて、可能となるものである。そしてもちろん思考的な還元が必要であっても、従来までの活動を停止すべきとは言えない。行うべきは、従来の活動に加えた新たな活動を行うことで、現代社会とのアクセス数を出来る限り増加させることであろう。それは近年の旧石器捏造問題によって起こった考古学への不信感を回復させる可能性を増大させるためでもある。
以下では、考古学世界内における諸研究のオリジナリティという小さな問題はとりあえず置いておき、諸学問世界内における考古学のオリジナリティ=学問的なアイデンティティについて検討を行おう。
2 学問的なアイデンティティ
考古学とは一般的に「歴史学を構成する一部門[八]で、人類の過去の生活や文化の痕が残された遺跡・遺構・遺物などの考古資料を研究対象として、それを独自の研究方法に基づいて分類・記述・分析して、過去の人類の歴史を叙述することを目的とする学問」と理解される(大塚・戸沢編1996)。このうち他学問分野にもみられる条件を除外すると、考古学の独自性は「遺跡・遺構・遺物などの考古資料を研究対象」とすること、また「独自の研究方法に基づいて分類・記述・分析」することの2点に絞ることができよう。
まず後者の条件は、確かに他学問分野との差異を認識できる。編年研究や型式研究は、考古学にしか認められない独自の方法であろう。しかしそれは、社会学をはじめ民族学・人類学・民俗学といった分野が、モノの変遷を形で追っていく必要がないためである。新しい結果を出すか否かは別として、考古学はまずこの点で諸学問と区別される。
前者の資料の性質に関しては、いくつかの点で他学問の資料と明確に区別できる。比較対象として文献学、社会学を挙げよう。文献学において利用される史料は、資料批判を通して厳密に検討され、年代が想定される。この史料とはすべて【文字コード】である。なお、考古学が文献学に対して躍進した理由の一つとして、文献資料は残すために作られたもの、もしくは見られるために残された(作られた)ものであるという認識、また権力者の歴史であるという認識が叫ばれた時代があった[九]。では一方、社会学の資料性質はどうであろうか。社会学の研究方法は、参与観察(フィールドワーク)、ドキュメント解析、エスノグラフィー、モノグラフ法、会話分析、統計帰納法、数理演繹法などが挙げられる(今田編2000)。用いられる資料は、インタビュー記録、アンケート、文書といったテクスト、そして統計データが多くを占める。テクストは文献資料と同様文字コードであり実物ではない。一方で、統計データは資料が増加の一途をたどり、ある意味公平なデータであるという点[一〇]で、考古資料に類似しているが、検討のために意図して製作された資料である点が、大きく異なる。
ところで、これらの分野においても物質資料を扱う部分があることは否めない。しかしそれらは考古学からするとすべて現在に残っている伝世品とも言える2次資料である。それは人々の記憶や文字コードからのみ時期が認定されうるものであり、考古学の多くが扱う物質資料とは根本的に異なる点に注意しなければならない。
一方考古学は、発掘調査を通して資料を得る。そこに、まず逆転することはありえない地層累重の法則が加わることによって、実物資料(群)の相対的な新古関係が決定される。こうした【存在自体が新古関係をもつ】事象は、実は他学問分野ではほとんど認めることができない[一一]。考古学では、【あるまとまりをもった遺物群を、それぞれ独自に時/空間的位置をもたせつつ、存在として認識できる】のである。さらに発掘という手段は、後に研究資料として見られることを意識していない資料を得る数少ない手段の一つであり、資料として意識された資料である統計データや、後の世の人々を意識して作られた資料である文献とは一線を画している。社会学者にとられるべき方法を論じたブルデュー氏は、いくつかの認識論的警戒を提示する中で[一二]、社会学においては「最も客観的なデータさえ、解読格子(コード)の適用によって得られる」ものであり、「ただ『資料が現に残っている』ために、後生の研究に対して際限なく事実の構成をやり直す可能性を与えられている現実的な対象」とは異なっていることを述べている。またC.レヴィー=ストロース氏は、N.ウィーナー氏の文章を引きつつ、社会科学の資料における「観察者と観察される現象との相互依存」関係について、それを無視しうる数学的研究、対象が巨大なために影響がゼロに近い天体物理学、統計的な値しかわからず問題がナンセンスとなる原子物理学などを挙げて、社会科学との差異を述べている[一三]が、考古学は、その意味でいうと「際限なく事実の構成をやり直す可能性を与えられ」ており、「観察者と観察される現象との(単純な)相互依存」関係は認めがたい[一四]。
以上の検討から、考古学資料の特徴は、
【現代の学問としての資料価値を意図されずに、当時の人々によって関与され、
にもかかわらず我々がそのそれぞれの存在を、新旧関係をもって把握できる実在物】
と、位置付けることが可能であろう[一五]。
この資料的独自性[一六]は、以下に述べる認識論的な検討によって、成果の独自性に発展させることが可能であると考える。
3 作業概念(認識論)
以上、考古学資料の独自性を論じてきたが、実在物としての性質を帯びたこの資料を、考古学はどのように扱えばよいのであろうか。我々が目指すのは厳密で客観的な検討であり、そのためには日常的な言語から一度離れる必要がある。散文的ではあるが、必要と思われる作業概念の認識論的検討を、論理を追いつつ行っていこう。
分類視点の恣意性と複数性
言語論的転回を経た現在、絶対的な事実(真理)は存在せず、観察する視点によってモノゴトそれ自体も変化してしまうといういわゆる構築主義的思考は、考古学資料の見方にも一定の視点を提供するであろう。しかしすでに述べたように、学問世界においてモノの存在(とその認識に関する間主観性)が暗黙の前提として特権的な位置を得られるのであれば、その物理的性質も当然事実として受け入れられなければならない。では構築主義的思考が成果を得るのは文字コードを検討対象とする分野であり、考古学はその制限からは自由なのであろうか。否、ここで行われるべき構築主義的な制限は、資料の物理的性質に関する認識の仕方や複数資料の分類の仕方、つまり視点の複数性である。
考古学資料は、発掘調査時の遺構や層位などで分類されたとはいっても、結局のところ単なるモノの集積に過ぎない。そしてこれらの資料から、どれだけ有効な情報を引き出しえるかは、観察者の分類の視点に委ねられる。この視点は、あくまで研究者によって恣意的に作られたものである。しかしながらこれが批判されるべきでないのは、考古学にとってそれが唯一可能な行為であるためでもあるが、間主観性の存在や学問的基盤の共通性によってある程度の同意は得られるし[一七]、この分類が新たな視点を認識できる可能性を潜在的にもつためである[一八]。新たな視点は、新たな結果とともに新たな視点、問題点も生み出す。
【カタチ】への拘り
前項で述べたように、モノの物理的性質は【確実な存在】として受け入れられなければならない。そして当然それに関する認識は間主観性の前提の元に、検討されなければならない(たとえば、対象が我々の定義する「ハケメ」にあたるのかどうか、など)。一般的には、存在としての考古資料と、認識した結果の考古資料とは分けられる必要があるとされるが、カタチについての間主観性を議論することによって、存在としての考古資料と認識としての考古資料は、限りなく近づけることが可能であると考えられる。認識される考古資料の性質が一つであるのに、その評価が2つに分かれるのは、適切な状態ではない。この問いに対して「歴史は複雑なのだから解釈が複数あるのは当然」という無責任な態度で逃げるわけにはいかない。考古学は、資料−解釈が1対1となる部分を、出来る限り増やしていかなくてはならない(L.ヴィトゲンシュタインの完全な言語を思い浮かべるかもしれないが、考古学の場合モノの存在と研究者の間主観性を前提としているため、ヴィトゲンシュタインのいう完全な言語とはならない。2、3の前提があるために、確定できる事項があるということ)。また、1対1対応にできるものとできないものとを弁別しておかなくてはならない。
差異の観察と関係性の認識
視点とは、何を示すのであろうか。それは考古学が行いうるただ一つの活動、【差異の観察】と深く関係している。差異の観察とは、ある二者の差異を何らかの基準で見分けることである。その視点=基準は恣意的であるが、認定の仕方は一定である。つまり差異の観察は、常に【相同/非相同】の認定によってのみ行われる。解剖学的には、系譜論、起源論を内包した相同・相似の概念が存在するが、方法的な中立性が要請される検討作業であるために、一旦これらの概念とは距離を置こう。そのお陰で、相似概念は要素間の関係性の相同と認めることができ、形式的に相同概念にまとめることが可能である。これまでに述べてきた成果としての新たな視点とは、新たな検討の材料となる、新たな差異の観察が可能となることを示している。これを繰り返すことによる差異の観察のフラクタル構造が理論的に可能であり[一九]、研究者相互の成果の応用もこれによって維持される。
相同/非相同の認識は、二者の関係を認識するという意味で、【関係性の認識】と呼ぶことが可能である。その中で相同と認めた活動を【共通性の認識】、非相同と認めた活動を【非共通性の認識】と仮に呼ぶこととする。
相同、非相同、どちらの認定結果を出したとしても、すでに述べたようにその視点は恣意的である。また実際問題として現実の事象すべてを見ることができないという事実は、視点が選び出した要素に関しても、恣意性を見出してしまう。この点で、相同/非相同の認識とは、両者ともに【ある部分には眼をつむってまとめる】活動であり、その意味で【不可避な単純化】を行っていることになる。しかしそうであるからこそ、差異の観察を行う【視点】が、最も重要な要素として余計にクローズアップされてくると言えよう。
恣意的な視点に対する評価
繰り返し述べているように、視点とは恣意性の裏返しに過ぎない。ではその恣意性が妥当性をもつのは、いかなる時であろうか。ある視点によって括られたものは、【関係性】として認識される。この関係性は、たとえば共通性の認識であれば、実際に共通性をもって捉えられるという事実をもって、妥当性を保証される。その妥当性の高さは、関係性を適用できる母集団の大きさによって測定され、その内容は暴露的視点であるかどうかで評価される。このように、「視点」とは、(1)現実的妥当性(2)有意性(3)有用性の3点によって評価される。研究として重要であるにも関わらず、見落とされがちなのが(3)有用性=暴露の内容である。これは言いかえれば等質的でなく偏りを生み出す視点が必要であることを示している。つまり、すべてを視野に入れる分類は、それだけでは評価されない。
関係性と暴露
関係性の認識を行うと、それまでただの集積であったものが、いくつかのグループに分類されてくる。これは誰しもが経験することであろう。しかし今や、我々の目的は即物的な資料検討ではなく、暴露としての社会の分析である。即物的な考古資料(名詞的)と、社会分析(動詞的)とを結びつけるためには、いかなる検討が必要なのであろうか。我々が用いる考古資料は当然のことながら物質資料であって、資料間にはそれぞれに独立して存在という大きな壁が立ちはだかっているために、文献学に見られるような直接の文脈で捉えることはできない。そうであるからこそ、従来から考古学は厳密な立場をとることができると考えられ、実証主義と呼ばれてきたのであった。しかし、それは若干の弊害も残した。実証主義は、社会の分析を目標としてはいるが、物的資料を扱うという資料操作にこだわるあまり、【資料提示】のみならず【論理】においてさえ、物的資料の使用にこだわってしまった。このような検討は【関係性の検討】と呼ぶことができ、以下の図式で示すことができる。

大きな問題点は、2つある。(1)実証主義に固執するあまり、【論理】部分に物理的な特徴の記述のみを当てている点。(2)【論理】部分の評価をする基準がなく、それを補うために【分析】が【解釈】という飛躍を用いざるを得ない点である。
(1)資料に物的資料を扱う点は、考古学の独自性として当然行われるべきことであるが、その差異の観察によって得られた相同/非相同性の論理は、すべて物質である必要はない。人々の活動のリアリティを明らかにするために、【論理】には物質とそれから得られた【人々の活動】を入れる必要がある。
(2)の問題は、【(物質的な)論理】と【分析】の間の飛躍である。この【分析】とは、解釈として【わたし】の視点から語られることが明らかであり、その規準が必ずしも明白ではなく、常識的な妥当性が大きな決定要素となっていることが十分想像できる。
このような問題の解決策として、ビンフォードから始まる考古学的な中範囲理論がまず挙げられよう(阿子島1983)。ここではその妥当性の規準を、民族学的事実に求めた(安齋1995)。これは解釈の妥当性を高めるための中範囲理論とすることができよう。しかし、このアプローチが多くの考古学者に意識的に採用されているとは言いがたい。それは民族学的事実を外挿する妥当性や、民族学的資料の現存性の問題、さらに学問目的の多様化といった諸要因が複雑に絡まっているためであろう。筆者は、検討の規準が明白でないという問題に対して、もう一つ回答を与えることが可能だと思われる。それは、【差異の観察の結果の、差異の観察】、言い換えれば【関係性の関係性の検討】を行うことである。
筆者が、考古学の性質を明らかにするために、他学問領域との差異の観察を行ったように、対象の性質を認識するためには、同じ位相にある他者との差異の観察が必要である。それがたとえ自己言及的なものであっても、他の自己言及的なものとの比較によってしか、その性質は明らかにならない。そのため、物理的な諸特徴から得られた活動のリアリティは、他資料によって同様に得られた活動のリアリティとの差異の観察を行って初めて、その性質が明らかとなる。そして、その後の検討はリアリティの内容によって異なるものの、厳密な検討を保持するならば、明らかにしたリアリティを歴史/物語的解釈に引き戻すよりも、むしろ後に述べるように社会的な暴露の方向へと議論を進めたい。この論理過程を、より具体的に検討してみよう。
すでに述べたように、差異の観察は関係性の認識へとつながり、相同、非相同によってあらゆるものが区別される。上で示した【差異の観察の結果の、差異の観察】を、場合分けしてみる。
第1観察 第2観察
(1) 相同 → 相同
(2) 相同 → 非相同
(3) 非相同 → 相同
(4) 非相同 → 非相同
上の表の説明をすると、以下のように文章化が可能である。
(1)【相同】と認めたまとまり(関係性)を、他の【相同】と認めたまとまり(関係性)と比較して両者(の関係性)を【相同】(の様相をもってそれぞれのまとまりが相同である)と捉える。
(2)【相同】と認めたまとまり(関係性)を、他の【相同】と認めたまとまり(関係性)と比較して、両者(の関係性)を【非相同】(つまり、両者のまとまりの関係性が相同ではない)と捉える。
(3)【非相同】と認めたまとまり(関係性)を、他の【非相同】と認めたまとまり(関係性)と比較して、両者(の関係性)を【相同】(の様相をもってそれぞれのまとまりが非相同である)と捉える。
(4)【非相同】と認めたまとまり(関係性)を、他の【非相同】と認めたまとまり(関係性)と比較して、両者(の関係性)を【非相同】(つまり、両者のまとまりの関係性が相同ではない)と捉える。
さらに簡潔な言葉でまとめると、以下のようになる。
(1)【まとまりをもつ】という関係性の内容が、二者で同じである
(2)【まとまりをもつ】という関係性の内容が、二者で異なっている
(3)【まとまりをもたない】という関係性の内容が、二者で同じである
(4)【まとまりをもたない】という関係性の内容が、二者で異なっている
まず(4)の観察に関しては、何事も共通性を見出すことができず、成果を生み出すことができない。また(2)の観察は、反証作業や複雑性の提示に用いることができる。残る(1)、(3)の観察では、何かしら偏りのある結果を生み出すことができ、こうした活動によって、分析が可能となる。
事後解釈としての研究
ブルデュー氏は、学問(学的知)における時間と、実践(日常知)における時間は異なると指摘している。その根拠を安田尚氏の要約によって示してみよう。
(1)『分析者はいつも遅れて[事が済んだ後に]やって来るので、到来する可能性のあることに不確かな気持ちで待っていることができない』からである。
(2)『分析者は、時間の効果を全体化する。つまり、それを乗り越える時間をもつからである。』
「すなわち、学的知が時間を排除せざるを得ないのは、その分析が常に『事後解釈』だからであり、また実践の全経過を一挙に見通す視点に立とうとするからである。だから、実践の時間はこの科学の時間とはまったく異なる。」[二〇]
このように、すべて研究・評価といったものはすべて事後解釈であり、実践とは区別しなければならない。これは、当時の社会の復元という素朴な考え方が不可能であることを示すだけでなく、社会分析としての検討を促進する思考と言える。
【面】の動態的把握
すでに明らかにした考古学資料の特質とは、【あるまとまりをもった遺物群を、それぞれ独自に時/空間的位置をもたせつつ存在として認識できる】というものであった。この性質は、それぞれの遺物群から認識した共時態の【面】を多量に生産することを可能にさせ、その【面】を把握することによって、それぞれの場において再生産される構造を、ダイナミックな動きで捉えることができる[二一]。
これは多くの社会学者が理論的に検討した、構造の転換(変動)、構造化、構造の再生産といった課題の実践的検討が困難であった社会学とは異なり、考古学ではまさに構造概念による捉え方によって、新たな成果を見出すことができるということを意味している[二二]。
4 成果
構築主義・レトリック・物語論
視点の多様化、複数性が叫ばれるなか、真理の探究としての学問という位置付けが、大きく動揺している。たとえばC.ギンズブルグ氏は、「立証という概念は実証主義的歴史学の典型的な一特徴、あるいはほとんどシンボルと見なされるのが通例になってしまった。そして、立証にはレトリックが対置され、歴史記述のレトリック的次元を強調すること、さらには歴史叙述をレトリックと同一視することが、歴史家たちのあいだでなおも根強い実証主義にたいする論戦の最も効果的な武器となってきた」と述べている(ギンズブルグ2001)。日本においては、野家啓一氏が構築主義的な思考方法でもって、歴史学を再解釈している(野家1996)。野家氏のいう「物語られる歴史」とは、事実そのもの(物理的出来事)の存在ではなく、その連関の中にしか存在しない。そして「『事実そのもの』を同定するためにも、我々はコンテクストを必要とし、『物語文』を語らねばならない」とするが、高橋哲哉氏が示しているように、その立場には、未だ問題が残っているようである(高橋2001)。さらに野家氏は「考古学的資料ですら解釈の汚染を免れてはいない」ことについて、川田順造氏の論の引用をもって「雄弁に語っている」とするが、この文章だけでは考古学的資料の存在の「事実性」に関する論駁にはなりえていないと思われる[二三]。これらの議論は文献(文字コード)を扱う歴史学には方法論的な前提として必要な議論かもしれないが、「事実そのもの」を同定していく必要があまり感じられない考古学においては、検討の際の認識論に留まるものでしかないのかもしれない[二四]。この思考は従来の歴史学や考古学からすると、明らかに領域横断的であり、社会にも眼を向けている点で注目に値するものであるが、現在のところその成果が哲学的・文学的な部分に留まっている点、理論的・方法的な進展が望まれる。物語としての【線形的な提言】を求めるのか、それとも【非線形的な分類行為】に留まるのかという問題は、考古学におけるプロセス考古学とポストプロセス考古学の差異を考える上でも、重要であろう。
本稿はこのような視点に立てば、考古学の資料特性として線形的事実を前提することからはじまり、分類行為のみによって成果を見出そうとするが、その視点の恣意性=非線形性によって、分類行為、結果とも差異が生じるという立場をとることとなる。そしてここで検討者が自由に行いうる部分=研究の【見せ場】とは、【分類の視点】であることが明らかとなろう。そこで提示された【関係性の関係性】を解釈することで線形的な提言を作り出すことは可能ではあるが、論理としては一旦そこで留めておきたい[二五]。
社会的な還元としての考古学の1つとして【説明行為】があるが、上で述べた検討は【わかりやすく端折って説明する】という活動のほかに、【分類提示=差異の提示で留めておくことで、視点の創発を促す】という活動も存在するという事実を教えてくれる。
社会学的な考古学
A.ゲルナー氏は、その著書『民族とナショナリズム』の中で、以下のように述べる。
「近代的な社会秩序の土台に立っているのは、死刑執行人ではなく大学教授なのである。ギロチンの首切り役人ではなく、(その名に相応しい)<国家博士号>こそが国家権力の主要な道具であり、中心的な象徴なのである。」[二六]
ゲルナー氏の認識は、ナショナリズムの構造に関する見解であるが、国家の様々な価値観が大学教授=学問から形成されているという認識へつながるものである。これは現代社会における高等教育の普遍性とその再生産、そして経済学や政治学などの直接的成果の還元を見る限り、概ね妥当性があろう。
学問は、一般的に真理探究型と問題解決型に分類される。当然これは便宜的な分類であり、両横断的な分野を否定するわけではない。たとえば経済学、政治学や環境学などは問題解決型の志向が強く、歴史学や哲学は真理探究型の志向が強いと言えるだろう。では考古学はどうであろうか。歴史学が真理探究型の志向に強いといえるため、考古学も含まれておかしくない。しかし、もし考古学が問題解決型の志向にまでその視野を広げることが可能であるならば、考古学の領域・対象がさらに広まるのは間違いないであろうし、現代社会とのアクセスをできる限り増やす活動の一つとなる。これをすでに述べた考古学の特性という観点と統合して考えると、一つの道が見えてくる。それは【物象化されたコトと社会の関係】の暴露である。この関係の再生産構造を(特に長いスパンで)明らかにし得る研究分野は、経験的学問においてはほとんど見当たらない。その関係は、関係性という意味において、同時代以外との比較が可能である[二七]。それは、ポストプロセス考古学がたどった認知への接近ではなく、従来から考古学において行われていた社会構造の分析に加え、その成果を現代に還元するという、もう一つの考古学の道を見出すと言えよう。
構造は先に述べたように不可視のものであり、我々が求めるからこそ明らかにしうるのであって、暴露という目的をもたない視点には、把握できないという性質をもつ。つまりそれは分析概念でもなければ、実在するものでもない。【求めることによって、認めることができるもの】である。そこで見られる【関係性の関係性】は、社会における人々の活動結果の蓄積そのものであり、実際に可視的な現象である。そうして得られた【関係性の関係性】を、構造によって表出された現象の一部と捉える立場をとる。逆にいえば、我々が構造を認識できるのはそれが可視化されたからにほかならないのであり、その【可視化されたもの】に対応する概念として位置付ける。もちろん構造が可視化されるといってもすべてが可視化されるわけではなく、何らかの選択、変容を受けて観察されるという認識が必要である。つまり構造と【関係性の関係性】には、実在性に関して大きな隔たりがあり、構造を認識するためには、まず実在性の確かなものの検討が必要となるわけである。そしてある飛躍を経て、我々が求める構造を見出すことができる。ある飛躍とは、実在性を超えることであるが、その作業は非常に困難である。しかしこれは【関係性の関係性】の適用内容に大きく左右されると思われ、適用する視点によっては、そのレベルにまで到達することが可能と考える。考古学は【モノと社会の関係】、ひいては主体と構造との関係を暴露することにより、思考・思想として現代社会に対しても現実感のある成果を提示することができると考える。これはもちろん従来の素朴な歴史学とは袂を分かつ活動となるが、こうした活動こそが、諸研究分野間における成果の相互作用の循環を引き起こす一つの方法と言えるのではないだろうか。
5 おわりに 〜将来と残された問題〜
以上、現代における考古学の位置付けを試みてきた。複雑化、多様化をまだまだ志向する現代の学問世界では、固定された学問分野に留まることは、もはや許されなくなっている。しかし、それぞれの学問分野を放棄することは行うべきではない。学際的という掛け声とともに、一挙に統合の道を選ぶことは、評価する者の不在や線形的議論の出現などを生み出す。そしてその一方で、成果をすべて複雑性に求める見解も、筆者も含めて戒めておきたい。これからの学際的研究に必要なのは、一つの問題に関して補完しあう関係ではなく、議論する関係を築くことであろう。
本稿で残された問題は、社会と考古学との関わり方である。社会的成果還元として、学問的成果を経由させる方向を提示したが、当然、現在実際に行われている直接的な成果還元も議論される必要がある。本稿が考古学の位置付け全般を行い得なかったことを自戒し、機会があれば検討することとしたい。
いわゆる【理論論文】の末席に位置づけられてしまうと思われるが、理論とは実践と認識論の循環によって初めて成り立つもの[二八]で、その意味では、考古学的分析の一方法論として本稿を位置付けたい。筆者が日常の発掘調査の中で常々考えているのは、遺物・遺構の観察(ミクロ)と社会分析(マクロ)をいかにつなげるか、そして学問と現代社会をいかにつなげるか、という問題である。このような仰々しい議論は避けられる風潮があるが、他学問や現代社会との関わりがより濃密になるであろうこれからの時代、自らのアイデンティティを常に問いかけ、外に向かってアピールすることは、必要なことであると思う。本稿が、考古学関係者の方々の思考に少しでも寄与することができたのであれば、望外の喜びである。
本稿を作成するにあたり、反省的メタ考古学管理人のさとうけいすけ氏より貴重なご意見をいただきました。記して深く感謝いたします。
参照文献
K.R.ポパー1961『歴史主義の貧困 社会科学の方法と実践』(久野収・市井三郎訳) 中央公論社(原書1960)
L.ヴィトゲンシュタイン1968『論理哲学論考』叢書・ウニベルシタス6(藤本隆志・坂井秀寿訳) 法政大学出版局(原書1922)
C.レヴィー=ストロース1972『構造人類学』(荒川幾男ほか共訳) みすず書房
E.デュルケーム1979『社会学的方法の規準』(佐々木交賢訳) 学文社
阿子島香1983「ミドルレンジセオリー」『考古学論叢』 芹沢長介先生還暦記念論文集刊行会
都出比呂志1986「日本考古学と社会」『岩波講座日本考古学7 現代と考古学』 岩波書店
林謙作1987「考古学と科学」『論争・学説日本の考古学第1巻総論』 雄山閣
A.ギデンズ1989『社会理論の最前線』(友枝敏雄・今田高俊・森重雄訳) ハーベスト社(原書1979)
P.ブルデュー1990『ディスタンクシオン』1(石井洋二訳) 藤原書店
佐久間政弘1990「社会システムのオートポイエーシスとコミュニケーション」『社会学研究』56 東北社会学研究会
P.ブルデュー1991『構造と実践』(石崎晴己訳) 藤原書店
P.ブルデュー,J.C.シャンボルドン,J.C.パスロン1994『社会学者のメチエ−認識論上の前提条件』(田原音和・水島和則訳) 藤原書店(原書1973)
安斉正人1995『無文字社会の考古学』 六一書房
G.クニール,A.ナセヒ1995『ルーマン社会システム理論』(舘野受男・池田貞夫・野崎和義訳) 新泉社(原書1993)
安斎正人1996『現代考古学』 同成社
野家啓一1996『物語の哲学−柳田國男と歴史の発見』 岩波書店
N.ルーマン1996『自己言及性について』(土方透・大澤善信訳) 国文社
大塚初重・戸沢充則編1996『最新日本考古学用語辞典』 柏書房
上野千鶴子1998『ナショナリズムとジェンダー』 青土社
安田尚1998『ブルデュー社会学を読む 社会的行為のリアリティーと主体性の復権』 青木書店
A.ゲルナー2000『民族とナショナリズム』(加藤節監訳) 岩波書店(原書1983)
今田高俊編2000『社会学研究法 リアリティの捉え方』 有斐閣
松本直子2000『認知考古学の理論と実践的研究 縄文から弥生への社会・文化変化のプロセス』 九州大学出版会
小田中直樹2000「言語論的転回と歴史学」『史学雑誌』第109編第9号 史学会
C.ギンズブルグ2001『歴史・レトリック・立証』(上村忠男訳) みすず書房
高橋哲哉2001『思考のフロンティア 歴史/修正主義』 岩波書店
上野千鶴子編2001『構築主義とは何か』 勁草社
註
[一] 【主義】と聞くと教条的なイメージが想起されるが、近年の主義概念は、視点、アプローチといった類の緩やかな意味付けをもっている。つまりそれは、単に歴史観の違いなどという言葉で片付けられる問題ではない。議論はより複雑性を志向している。
[二] 上野1998。これは主に戦後責任に関する批判、歴史学の本質主義的思考に対する批判である。
[三] 小田中2000では、歴史学の危機について、以下のように簡潔にまとめている。
(1)社会的な責務を果たすことを忘れたとして歴史家の怠慢に対する批判。
(2)歴史家が現在遂行しているような営為はそもそも可能であり、あるいは必要だろうか、という問い。
[四] ここで問題にしているのは考古学をはじめとする経験的な学問である。どこまで認識論的深化、前提条件の設定を行うかというレベル設定が、諸学問で異なることに注意すべきであろう。構築主義のスタンスについては、千田有紀2001「構築主義の系譜学」『構築主義とは何か』に詳しい。
[五] 考古学に対する社会的な認知は、専門家=プロが行うからこそ支持されるのであり、それは専門職員として雇用されることが多い埋蔵文化財行政の存立にも深く関わってくるであろう。行政においても、程度の差はあれ考古学という学問に対する信頼で成り立っている部分が必ず存在する。
[六] まず、せいぜい百〜二百年前からの新しい考え方である、経済的価値偏重の傾向におもねることを避けなければならない。つまり、社会的成果を経済的な成果に結びつける必要は必ずしもない。また、このような見地からいうと文章中における後者の思考は当然批判されるべき考え方であり、将来的な成果を見越した活動は求められなければならない。しかし考古学が将来的な成果を生み出すことができるのか、という議論とは別の問題である。
[七] 暴露という語は、一見すると隠されたものの存在を自明視した概念と見えてしまうが、そうではなく、イデオロギーに隠されたことを明らかにするというマニフェストの裏返しである。
[八] 考古学が果たして歴史学分野に位置付けられるのかという議論からはじめる向きもあるが、分野横断的な研究が当たり前な現在では、ある意味ナンセンスと言えるであろう。行うべきは、名詞化した学問分野を諸要素に分解し、それぞれの複合的な位置付けを行うことである。
[九] 地域史として位置づけられる文献学の存在も承知しており、そのすべてが当てはまるとは言えないし、現在では、いわゆる【社会史】に代表されるようにすでにこの議論を視野に入れているものが多く認められる。ここでは、一部にあてはまる消極的な差異として捉えておく。
[一〇] E.デュルケーム氏が『社会的方法の規準』で行ったような公平論議ではなく、作成用途が不確定であるという点で、検討の際に恣意的な操作が困難であるということ。
[一一] 数少ない例外として地学を挙げることができるが、それは人間社会を対象とする/しないの差異をもっている。
[一二] ブルデュー1994−p82
[一三] レヴィー=ストロース1972−p62
[一四] しかし、ここで検討したのは主に遺物に関する問題であり、遺構についてはまったく異なる性質を持っている。遺構の認識についての問題は数多くかつ深刻であり、一朝一夕で解決はできない。現状では【存在】ではなく【間主観性】のレベルに落として共通認識として【存在を前提として認める】という活動に持ってくるのが最も妥当であろう。もちろん認めるための手続きは、透明性を帯びた明確な位置付けが行われなければならない。
[一五] 2000年に起こった捏造事件は、この性質に対する信頼に傷をつけた点で、重大な問題である。
[一六] この考古学定義の部分的な要素は、周知の通りすでに濱田耕作氏による定義がある。
「考古学は過去人類の物質的遺物(に拠り人類の過去)を研究するの学なり」
「考古学は一の纏まりたる内容を有する科学と称するよりは、寧ろ物質的資料を取り扱う科学的研究方法と云ふを当れりとするを以って、此の方法によって其の研究する所は如何なる方面にも可なり。美術史家は以って美術の様式、製作の法式を研究す可く、宗教史家は以って宗教的観念、儀礼の変遷等を研究す可く、社会学者、文明史家其他百般の専門学者各々此の方法に拠りて其の資料を適用す可きなり。」(浜田1922)濱田氏による考古学の定義は、明らかに歴史学という範疇を超える意図をもった的確なものであり、高く評価できるが、構築主義的思考、つまり現在の考古学という視点が欠落している点が不充分と言えるだろう。このような思考は、当時【科学】を目指していた学問内ではむしろ評価されない状況であったと思われ、「過去」という語が含まれていることをもってその認識の有無を論じてもナンセンスと思われる。
[一七] しかし、間主観性は限られた集団の中にのみ通じるものであり、これからの学際的研究では、その間主観的な概念(考古学にとって自明の概念)の検討からはじめ、外の世界に提示する必要がある。
[一八] しかしながら、検討の最終成果をも思考的な可能性に「期待する」近年の研究動向には戸惑う感がないこともない。
[一九] 差異の観察のフラクタル構造を理論上可能とするのが多変量解析である。しかしモノ・コトを数値化するために、「目をつむる」行為がすべて分析者の意識下で行われにくい点、またその点で「強引」ともいえる単純化が行われる危険性を伴っている点に注意しなければならない。
[二〇] 安田1998−p110
[二一] しかしながら、他学問の資料に比べて考古学資料が優れているというわけではない。これは資料の性質から帰着する思考方法の差異なのである。差異があるからこそ、たとえ社会学と同様の理論、方法をもって検討したとしても、これらとは異なる成果を出すことが可能となる(新しい問題点の提出といったものも含めて)。そしてその場合、理論的には両者に新たな成果を提示することになるはずである。
[二二] しかしこの際、考古学における構造概念は考古学の方法に沿った形で、新たに定義しなおした方が得策であろう。現在の社会学においてさえ混乱した状況が見られるためである。特にN.ルーマン氏やA.ギデンズ氏のそれの場合、考古学という実践上では、認識論的な問題としてしか扱えない部分もあると思われる。
[二三] 野家1996−p114。川田氏の文章を文脈で読めば、土器と文字の両者を等しく歴史史料としてみることが可能であると述べていることが明らかであろう。それを資料自体の解釈性の問題に引き寄せて考える必要はないと思われる。ただし、インターネット上で一方的な批判をすることには躊躇を覚え、今回はあくまで問題提起に留めておく。
[二四] 【事実】とは、すべてそれぞれの言語による構築物であるとする視点が構築主義にはあるが、それは反省的な考察を行う際の議論であって、認識論的な問題および創発的な問題に留まる。本稿ではいかに【実践的な分析方法】を構築できるか、という問題に主眼を置いているために、ここでは触れない。
[二五] 歴史学のイデオロギー性に疑義を提示している上野氏や野家氏の見解を咀嚼して、新たな論を展開するまでには筆者の思考がおいついておらず、本稿ではあえて触れなかった。しかし今後これらの議論が関係してくるのは必然で、【思考的還元】でない社会的成果の提示、つまり直接的な成果の還元を考える上で、議論すべき論点であろう。
[二六] A.ゲルナー2000−p58
[二七] これを旧来の構造主義にみられた時間を無視した議論と同一視すべきではない。なぜなら考古学は人類学と異なって時間を創り出すことが可能であるためである。つまり異時間性を認識論的に意識した上での比較が可能である。
[二八] 「社会科学は、個々の歴史的ケースの特異性の中にもぐりこみ,その歴史的ケースのデテール,精妙極まりないニュアンスまでも捉える(中略)のでないかぎり,(中略)全世界に共通のメカニズムを把握することはできないのであり,もしそれをしないのなら,正確さを欠いた一般論−それを理論というものと混同してしまう誤解があまりにも多すぎるのだが−に閉じこもる他はなくなってしまうのである。」と述べたブルデュー氏の言(ブルデュー1991−p1)によるように,それぞれの資料の細かな観察に拠らなければ、何事をも見出しえないとする自覚が必要であろう。