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遅い昼飯でも食べに来たのか、当然のようにあかねだがやってきた。あかねだは店内中のマドンナに投げキッスをし、あかねだは最近のマドンナがいかに腹立つかを力説しはじめた。
 | バーテンダー あかねだ
「本当はこの前の時にその話をしようかと思ったんですが、また来月?にでも。 縄文と弥生、typeの考え方のやはり大きな違いはformのバリエーションに起因するんではなかったかと。 ・・・てか、学生時代から変わっていない私の知識(恥)。」
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その時管理人Archaはあかねだを抱きしめたい衝動に駆られた。
その時一人の哲学者が重い口を開いた。皆が注目する中、Archaは次のように述べた。
 | 安楽死 Archa 2007年10月02日火曜日 22時00分
「あかねださん、ほんとに何も知らない私(笑)のためにコメントいただいて、ありがとうございます。
formのバリエーションに起因するということ、私も勉強の参考にさせていただきますが、じゃあ。。。
弥生はstyle、form、typeの概念で思考し、縄文はform、typeの概念で思考しているということですね。
じゃあ、縄文側が概念をごっちゃにしているのか、弥生側が作らなくてもいい概念を作っちゃってるのか、どちらなのでしょうか(爆)。
だって、ほぼ完全に同質のモノに対して扱う概念なのに、どうしてこのような差ができるんでしょう。。。
「研究史のせい」という人がいたら、それは意味ないかと(めっちゃ怒られそう)。
素朴に(?)モノについての分析概念を、整理する必要はないのでしょうか?」
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Archaはそれを踏まえて次のように捲し立てた。
 | 安楽死 Archa 2007年10月02日火曜日 22時02分
「うーん、哲学かもwww」
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通りすがりのさとうが次のようにほのめかした。
 | ポン引き さとう 2007年10月03日水曜日 00時07分
「もう数年前に読んだ記憶ですが、弥生様式(style)概念と縄文型式(type)概念は、その内実ないし外縁においては概ね一致するものの(その意味で、縄文型式概念は複合的組成概念)、その単位の意味が異なる、というのが大塚氏らの見解だったような。
前者が文化史的単位であるため、各単位が非等価であるのに対し、後者は年代学的単位であるため、ものさしの目盛りのような意味で等価である、といった話。つまり、単純な形態分類上の概念差なのではなく、タクソンに与えられる意味、というか分類という行為の目的そのものが異なる、という議論ではなかったでしたか。
ゆえに、縄文型式概念は、(原理的には)年代を示すためのみに功利的に用いられるよう、また、そうしたモノサシとして構成するために、複数の器種(form)の集合的組成概念としてのみ提示され、ここのformの分類(=弥生的型式)は不要であった。それに対し、弥生型式概念は、年代学的単位ではないため、複数の様式(=文化)に重複して出現することもあり、そのため、単位として必要である云々
そんな話じゃないっけかな〜 ここ5年くらい、この手の分類論は読んでないので、不確かな記憶です。」
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以下、さとうの能書きだ。
 | ポン引き さとう 2007年10月03日水曜日 00時23分
「↑この議論は、それぞれの概念の発生当時の話で、 実際に今、どう運用されているかは別の話だと思ってくださいまし。」
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誰からも忘れられていたジャニーズが手を上げて発言した。
 | 雑誌拾い haya 2007年10月03日水曜日 19時49分
「成り立ちから云えば、完形品コレクションの「形式」分類に始まるのが山内以前・以外の土器分類(縄紋では中谷治宇二郎の注口土器研究が典型)。遺跡に基づく「型式」からはじまるのが山内の型式学。
現在実際におこなわれている作業では○○類とか××群という呼び方で、型式内の分類を操作している
そうはいっても、早期なんかと後・晩期では土器型式内の構造が異なるので、通時的に同様な意味で使える概念は「型式」と「器形」なのでしょうねえ。一部の繩紋屋が使う「類型」概念は、弥生の type とは違うし。」
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Archaがいい間違えるのはよくあることだ。
 | 安楽死 Archa 2007年10月04日木曜日 22時24分
「みなさま、まさに素人同然の質問にお答えくださってありがとうございますw
なるほど、お二人のご解説を総合すると、縄文土器の「理解」が、「遺跡単位でのまとまり」であったことがわかります。
確かに「年代の単位」が弥生とは桁違いに大きい縄文土器では、弥生の住居跡などで議論される「同時存在」が等閑に付されるほど、「理解する時間幅」が違うのかもしれませんね。
で、hayaさんのおっしゃる「器形」というのは弥生でいう「形式」=時間軸をもつ器の形なのでしょうね。
じゃあ「型式」=横軸と「器形」=縦軸の合わさった「点」は、縄文ではどう言うのでしょうか。。。
弥生では「様式」=横軸、「形式」=縦軸、「型式」=点ですよね(これは異論があるかもしれない)。
あぁ、なんか素人の質問だ。。。orz でもそこら辺の用語がないから、私が混乱してしまう気がしないでもない。」
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hayaはこの場の空気が読めないようだ。
 | 雑誌拾い haya 2007年10月05日金曜日 01時50分
「学史的理解が抜けているから混乱してると。 弥生式土器研究は、浜田耕作の集成を起点としてみよう。 まず「弥生式」を集め、形態で分ける そして、唐古以前の研究は、おおむね遺跡一括くらいの分解能。 形式に分類した後、形式内を型式に分け、その後で形式横断的に、○○形土器のA型式と、××形土器のb型式は云々という手順で様式を構成していく。
山内の方法は、貝塚のような分解能の高い遺跡を典型として、共時的資料による型式をまず設定するわけ。一型式内には装飾や器形のバリエーションがある。たとえば大洞式だと、深鉢:浅鉢:壺:皿:注口土器:etc という分類より、精製:粗製 という分類概念の方が型式内の構造として重要。早期の多くの型式は深鉢しかないから「形式」概念を弥生土器と同じようには使えない
小林は唐古で、山内の方法に学びながら、共伴資料に基づく研究に切り替えたと。共伴資料に基づく様式が先に設定されるなら、archaさんの用いた意味での「型式」は不要な概念。 ○○様式の×形土器と呼ぶだけでいいから、△型式という命名はいらないでしょ
逆質問をすると、関西の弥生土器研究では、様式内に含まれる、形式横断的に装飾や形態の特徴を共有する一群を指す概念はありますか?」
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Archaはまだ何か物足りない。
 | 安楽死 Archa 2007年10月08日月曜日 07時56分
「音楽祭の仕事で死んでました。 お返事遅れてごめんなさい。
学史的に見ると、3つの概念で理解する弥生が、縄文にくらべて1つ余計な概念を作ってしまってる、ということになるでしょうか。
で、よく考えてみると弥生の「型式」概念が色々な意味で使われてる気もします。
ちょろっと『古墳出現期の土師器と実年代』を参考にしてみると、ある土器1点の呼び方として 「纏向1式の」(様式) 「長頸壺」(形式) 「Aa」(型式) という使い方をしていると思います。
でもここで難しいのが「Aa」が果たして型式なのか、というところ。厳密な意味では「長頸壺」という「形式」に含めてもいいのかもしれない。でも私たちは「型式変化」という言葉は使うのに「形式変化」は使いません。
ということは、「形式」は、あくまでイメージですが「機能イメージ」と密接に結びついていて、変化するものではなく、それぞれの時期の土器分類として便宜的に与えられる呼称にすぎないのかもしれません。
そして逆に、hayaさんのおっしゃるように、本来は「形」なわけですから、「形式」が残されて「型式」がいらない、という言い方もできますね。
もしかして、形式と型式は、イメージとして大分類、小分類のようなものなのかもしれません。そういう意味では、使い勝手がいいです。
あと思うことは、 弥生では、様式概念に6様式の問題があるにしても、1-3様式というような形で研究が進むことで、これ以上の細分、統合が行われる可能性が限りなく小さい(強度がある)です。それはそれぞれの様式内での全体理解のしやすさにつながるわけですが、逆に様式間の議論は難しい。
一方で縄文は、型式をまとめる概念がない(?)ので、私からすると断片の連続のように感じてしまうのです。限りない細分の方向には行っても、それをまとめる方向にうまく動くのでしょうか(適切な研究で実現しているのでしょうけど)。。。ただしこっちの場合は、それぞれの型式を周辺型式との比較で位置づけるため、様式間の問題などは少ないのでしょうね。せいぜいOO技法からOO技法間の関係程度。
で、私のような素人から見た場合、縄文後期の擦消縄文などは東日本のものと西日本のものが区別付かないわけですw 私に区別が付くもの、付かないものがあるというのは、多分にアヤシイわけですが(笑)、やはりそれは一定の共通項があるのだと思います。 そこらへんを「福田K2式と称名寺式の先後関係について」とかではなくてたとえば「擦消縄文様式間の地域的併行関係」みたいな議論のまとめ方ができないのでしょうか、という話に落ち着くのかも。。。
>関西の弥生土器研究では、様式内に含まれる、形式横断的に装飾や形態の特徴を共有する一群を指す概念はありますか?」
例を挙げるとすれば、「系」でしょうね。西日本では凹線文手法がほぼすべての型式に認められるので意識があまりありませんでしたが、東海地域では「凹線文系土器群」と「条痕文系土器群」が器種を補いながら存在しています。つまりこの2つの土器群がまとまって、1つの様式を構成しています。 あと縄文晩期から弥生前期の「突帯文系土器群」と「遠賀川系土器群」というものも同様です(これは議論中?)。 あとは、ちょっと曖昧ですが古墳前期になって近畿地域と比較的類似した土器が西日本全体に広がるとき、「畿内系」という呼ばれ方がされます。「畿内系二重口縁壺」「畿内系布留式甕」とか。ただ、この場合は「畿内型」と呼ばれるときもあり、混乱しているようです。
ここらへんこそ、概念の再整理が必要な気も。。。 結局、地域的な特色がわかってきたり、共存の関係がわかってきたとき、これまでの様式、形式、型式概念だけでは整理できなくなった、ということですよねぇ。。。」
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あかねだが本当に話したかったのは次のような内容だ。
 | バーテンダー あかねだ 2007年10月08日月曜日 22時21分
「只今帰国しました。
笑われるの覚悟で。
小林行雄の編年(唐古)を見ていると、器種(器形)の分類の後に、器種ごとの変化を型式と捉えているように思います。器種によって変化の過程は時間差があるので、意匠や製作技術のより大きな変化(これは単純な土器の変化ではない、ということが前提にされていたかと思います-実際はともあれ)をまとめて様式と呼んでいるのだと理解していました。
ですので、ある様式の一器種の中には複数の型式が存在する、と。
よって、器種間の型式の変化には時間差があり、様式の変化も実は微妙な差を持っているかと思っていました。
でないと、西弘海さんの「土器様式の成立とその背景」は理解できない。
ぶっちゃけ、相手にしている時間幅の問題もあるのかと(暴論)。
弥生の話について『考古学史研究』小林様式論の特集号探したけれどどこ行ったのか(汗)。
そうそう、行雄先生と達雄先生、両小林「様式論」についても確認しないといけませんな。」
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あかねだは付け加えた。
 | ホスト あかねだ 2007年10月08日月曜日 22時27分
「ちなみに「系」は複数様式、あるいは地域をまたいだもう少し大きな概念の気が・・・。
贄元洋さんの「様式と型式」『考古学研究』の多分90年代(おいらが学生の時だったから)を確認したいのですが、これも見つからない・・・。部屋掃除しないと。」
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hayaの意見はすぐ変わって不安定だ。
 | 雑誌拾い haya 2007年10月09日火曜日 19時30分
「>弥生では「様式」=横軸、「形式」=縦軸、「型式」=点ですよね
(行雄もこういう説明をしたことがあるけれど)こんな単純だったら 「型式」は不要だけど、実際は、同じ「形式」に複数の型式が併存していますよね。 「型式」がtypeの訳語ならば、その程度の対象に用いるのが本来は適切でしょう。実際、土器以外の考古資料では、そのような用法が普通 つまり、山内の「型式」概念こそ特異であるということ(別の用語の方がよかった?)。そしてそれは、東日本の縄紋中期〜晩期に適した研究方法だったと。 archa さんの縄文土器研究のイメージは、西日本での研究にもとづいて形成されたように見えます。近畿の縄紋土器研究は行雄様式論に強く影響されていること、良好な単時期の一括資料に恵まれない中で展開している点にご注意を。」
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話を続けるということは、まだ酒が足りないらしい。
 | 安楽死 Archa 2007年10月11日木曜日 21時56分
「>あかねださん
お疲れ様です。 笑われるの覚悟で書き込める掲示板は、ここだけでしょうね(笑) 私も同じ覚悟ですからwww
>器種(器形)の分類の後に、器種ごとの変化を型式と捉えているように思います。
ですよね。私も最初は型式=点としたのですが、次の書き込みを見ていただけるとわかるように、形式の分類の後に、その変化を型式と捉えている。実際に考えてみると、形式と型式はスケールの差だけなんじゃないかと思ってしまうわけです。
で、そうなるとこれまで私が言っていた「縄文分類に概念が一つ足らない論」ではなく、「弥生によけいな概念が多い論」になってしまいますw
『考古学史研究』でそんな特集があるんですか。 今度探してみます。
ちなみにアノ話、正式な書類を作ることになりそうです。今度お電話させていただきます。
>hayaさん
>「型式」は不要だけど、実際は、同じ「形式」に複数の型式が併存していますよね。 まさしくその通りですね。
>近畿の縄紋土器研究は行雄様式論に強く影響されていること、良好な単時期の一括資料に恵まれない中で展開している点にご注意を
ありがとうございます。 確かに、良好な一括資料がほとんどありません。。。
でも型式的にまとまった土器しかでない遺跡(いわゆる単純遺跡)の、それぞれの土器ごとの属性分析をつなげたら、結構わかってくると思うんですが、、、。あんまりされてないですね(弥生もされてないですが。。。)
以上の話を要約すると、 弥生土器編年の「形式」と「型式」の関係は、単なるスケールの差であって、本来は「様式」と「形式」、そして現在の「型式」と同義である「細分形式」(甕A「形式」など)で本来は議論できたということですかねぇ。」
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あかねだは思い出したかのようにこう呟いた。
 | ホスト あかねだ 2007年10月12日金曜日 00時22分
「え"え"っ。
そうなるんかいな。
スケール(って何?)の差だけではないんじゃないかと。 イメージがいまいちつかめないんですけれども、器種は形状による分類で、型式は時間的な変化に対応するんではないかと。細分形式も経時的な変化を多くはするのでは・・・。
ただ、ここで得られた重要な視点は、細分器種=時間差とすぐに行っちゃいそうな日本の考古学の(一部の?)問題点を示されているんではないかと。
もっと言うと、土器は別資料に指標をあわせて考えていくと、古墳時代以降のところで、同じ形態・属性=同時期とは限らない、という個別事例が見えちゃったりするんだよね。 そういうところでは、もっと広域に拡散する資料(武器とか、馬具とかどうでしょ)とあわせて行くと面白いかも。
と、前にB庁の方と飲んで話していたら、それって考古学の根本原理の否定なんでは、って言われました(w)」
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あかねだは付け加えた。
 | ホスト あかねだ 2007年10月12日金曜日 00時25分
「あ、アノ話、了解です。 そういえば、まだ海のご飯を炊いておりません。まだ冷凍庫。
多分、ようやくの寒さで、大きくなって来ているかな、と。 後は、このまま少雨だと、連中には最高。」
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Archaの連続攻撃。
 | 胎児 Archa 2007年10月12日金曜日 22時47分
「あぅw
「形状による分類」というのも、たとえば弥生土器と須恵器では変化がある(呼称が異なってますが)というように、「甕形土器」も「甕型土器」も、形に基づく一定時間幅をもつ対象を指している、という意味で書いたつもりですが、、、。違う?
それが(現在も含む)民俗例から引いた「機能」という解釈を込めた呼称(甕など)か、それとも無機質な「A」というものか、という違いに過ぎないのではないか、という疑問にあたったわけですが。。。。
考古学の根本原理の否定、私も行ってみたことありますw 結局はやはり、ブラックボックスを設けなければならないというところがつらいですね。
で、今週末は船祭りの調査とともに、アオリに挑戦してみる予定(笑)。」
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あかねだは再び口を開いた。
 | ホスト あかねだ 2007年10月14日日曜日 22時45分
「長くなっちゃいましたね。残りは今度飲んだときにでも。 多分、色々見解が違いそうで面白い。 機能ってこういうときに使うの?とか。
あ、そうそう、私は根本原理の否定とは全然思っていませんので。
ちなみに、現在Gyuちゃんと仕事中です。Archaさんの話も出ましたよ。Photoshop(しかも中文版)の神業に唖然。
さて、一番言いたかったことですが、どこに煽りをシャクリにいくんでしょうか。成果も教えてね。」
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Archaの話は熱を帯びてきた。
 | 胎児 Archa 2007年10月15日月曜日 21時28分
「無知をさらけ出してばっかりですが(笑)、研究史からのつながりで概念を追う方法のほかに、今使っている思考や、増加した資料から帰納される概念を追ってみても面白いんじゃないかと思いました。
面白そうですね。で、また可能性も出来そうです。 根本原理の否定、根本原理が何かという話もありますが(爆)、私は限界を認める方ですw
Gyuさんに私の話がでましたか(驚)。 めっちゃ、けなしてたでしょwww
で、原稿って締め切りいつなんだろう。。。 そろそろなんだと思いますが。
Photoshop、なんでも出来ますよねぇ。。。 正直、私が一番カルチャーショックだったのは、私がデジカメで撮った「写真」が、すべてドットで作られていたことでした。
アナログでも分子レベルとか原子レベルとかありますが、原子さえも複数のドットで表現できたら、デジタルの方が解像度があるということでしょうか(爆)。
シャクリ、すぐ近くの漁港です。 墨は付いてましたが、全然ダメでした。。。。。orz」
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仕事仲間と密談をしていた鬼の城がこちらの話に干渉してきた。
 | 無職 鬼の城
2007年10月16日火曜日 20時59分
「お久しぶりですね。縄紋土器の型式論は思っているより定義が問題です。例えば草創期の微隆起線紋土器・窩(こう・か)紋土器・爪形紋土器という風に「式」を使用していない。人により「系」を使うものもあります。
火炎土器も火炎土器「式」との認識は低いでしょう。複数の土器型式のある紋様パターンを抽出し、それを時空を括って火炎土器としています。但し一般には火炎土器でとおります。亀ヶ岡式も型式実態としては大洞式でしょう。
さらに研究を掘り下げる方法として、「類型」と言う認識を用いたりしています。問題はその過程で恣意性が入り込み、共通認識としての土器型式と言うものができないということがあるように思えます。
弥生土器もそうなのですが、複雑系が成立しており(実態としての土器型式も複雑なんでしょうが)系統的位置づけなど難しくなっています。。
ある縄紋土器の研究者は、土器の研究が面白くて考古学をしているのに、それを共通認識とか物差しとか、時空枠とかに押さえ込んだら考古学をやる意味が無い、と申された方もおられます。
私はそれを聞いて人それぞれだな、と思いました。。」
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Archaがいい間違えるのはよくあることだ。
 | 胎児 Archa 2007年10月17日水曜日 00時13分
「鬼の城さん、コメントありがとうございます! もう素朴すぎる疑問なので、お恥ずかしいですが。。。
とりあえずの疑問は、最近出た『日本の美術』11縄文土器 後期でもそうなのですが、後期前葉の説明で、、、。
「磨消縄文土器」「縁帯文土器」「北白川上層式土器」という呼称が、1つの土器に対して使われているわけです。
それをすべて「型式」で説明するのは、さすがに整理できてないのでは?というのが始まり。この場合、「縁帯文土器」は式が使われないものの弥生でいうと「凹線文土器」のようなイメージかと思うので、「様式」に近いのではないかと思うのですが、、、。
やっぱり系とか類型が出てくるんですね。。。 弥生の場合は、ある地域で異なる技術体系のものがあるときに、地域名や技術名を冠して「系」を使うわけですが、縄文の場合は、そうではなさそうですね。。。
>ある縄紋土器の研究者は、土器の研究が面白くて考古学をしているのに、それを共通認識とか物差しとか、時空枠とかに押さえ込んだら考古学をやる意味が無い、と申された方もおられます。
えっと、、、、「考古学」がわからなくなってきたんですが(爆)。 レヴィーストロースの神話学になっちゃいそうですね。。。いや、これは共通認識があるか。。。。」
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鬼の城よ、まだ話すのか。
 | 無職 鬼の城
2007年10月17日水曜日 10時02分
「>えっと、、、、「考古学」がわからなくなってきた
と言うか土器論がない考古学は自分としては面白くない、と言うご意見です。。。土器屋さんですから、、
縁帯紋土器は関西の研究者でも大雑把な認識で、「式」ではなくかと言って「様式(弥生土器の場合)」でもないものと言うこと以外に認識不可知でしょうね。。。」
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あかねだの話の長さは親ゆずりだ。
 | ホスト あかねだ 2007年10月18日木曜日 01時52分
「いやいや、Gyuちゃんは褒めてましたよ。ArchaさんとH市のFさん。
さて、アナログも突き詰めればドットですよ。それから、人間の可視範囲外のものを擬似的に可視化して見ることと実態を混同してはなりませぬ。
・・・私もよくしますが(爆」
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Archaは話が長いので有名だ。
 | 胎児 Archa 2007年10月20日土曜日 08時28分
「>鬼の城さん
あ、なるほど、いわゆる社会を語る道具のために利用して欲しくないということですね。。。 確かにいろんな人がいますね。。。
やっぱりよくわからない概念もあるんですね。 あと精製土器と粗製土器、有文土器と無文土器のどちらを使うかとか。 私はとりあえず有文・無文で行こうと思いますが。
>あかねださん え!ほんまですか! 面と向かって褒められたことないんです(笑)。 素直に嬉しいです。
>人間の可視範囲外のものを擬似的に可視化して見ることと実態を混同してはなりませぬ。
そうなんですか!? その言葉の意味を、私がわかってないかもしれません。。。 光学顕微鏡で得た写真をもとに、空中写真測量の要領で3次元測量しないのかなぁとか思ったりしてる私ですw」
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あかねだは思い出したかのようにこう呟いた。
Archaの話はダラダラと長いだけだ。
 | 胎児 Archa 2007年11月10日土曜日 23時05分
「これは面白そうですね! いろんな研究に使えそう。。。
ハケ目の分析とか、誰かこれでしないものでしょうか。。。」
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