ども。おひさしぶりでございます。
今日は、わかるもの、わからないものというお題でお話させていただきます。
考古学に限らず学問というものは、「わかるもの」を資料として「わかること」
を明らかにします。
 「わからないもの」は当然わかりませんもんね。

 では、考古学ではなにがわかるもので、なにがわからないものなのでしょうか。
土器の存在。これはわかるものとしましょう。
土器の製作技法の痕跡。これもわかるものでしょう。
土器の製作技法。うーん、これは難しいですが、物理学的な観察から近づける
ものとしましょう。
 ただし、全てが分るかといえば、難しそうですね。
土器製作者の思考。難しいですね。でも土器をたくさん集めて考えれば、どんな土器を
作ろうとしている(イメージ)のかはわかりますよね。
ただし、それだけが思考ではないので、全てがわかるものではないですね。

 とりあえず今回の例は、以上から土器製作技法と土器製作者の思考にしましょう。
土器製作技法や土器製作者の思考を研究されている方はたくさんおられます。
ただ、たとえば土器製作技法は非常に基礎的な研究ですが、そのすべてがわかっているとは言えません。
にもかかわらず、研究者は技法に名前を付け(レッテル貼り)、わかったような口をして(笑)話します。
これはその製作技法をブラックボックスに入れている、ということになります。
 この方法は、その製作技法自体を研究されている方からすると「研究が浅い」となる
わけですが、それは研究の「次元」が異なると考えるべきで(高次・低次などの差はない)、
「求めるコトが違う」というべきでしょう。分類の視点は求めるモノゴトによって変わってきますよね。
 これを戦略的に考えると、自分の求めるコトによってはいろいろな部分を
ブラックボックスにしてよさそうです。

 ただしこうしたブラックボックスは、ただわからないことをまとめて箱に入れて
しまうわけではありませんね。考古学の最も基本的な要素「カタチ」を重視したブラックボックスで
あればいいと思うのです。現段階での、という留保はつきますが、心理的なもの、製作技法と
いった痕跡などは、次元の異なることを検討しようとする場合にはカタチが同じであれば思い切って
ブラックボックスに入れてもよいのではないでしょうか。

 それは、考古学が「カタチの学問」である、つまり同じ形のものは同じ原因によって
生成されたものであるという研究の前提を作りたいがためでもあります。資料は一つでも、
解釈によってどんどん意味が変わってしまうというのは、あまり科学としては誉められたもの
ではないと思います。
 つまり、「カタチの学問」を作るとともにブラックボックスをそこに当てはめていく、
という作業を繰り返すことで厳密な学問を作ることができるのだと思います。

 うーん、かなり暴論かも。