top>Archa的考古学。>未来の考古学。〜究極的な理化学年代測定完成後〜
最近、理化学年代測定がめざましい発展をみせているようですね。
その中で、考古学者のなかには「考古学者がやることがなくなる」
てな悲壮なご意見も聞こえてきます。
でも、果たしてそうでしょうか?
そこで、現状の「参考としての理化学年代測定」というものではなく、
究極(?)の「完成した理化学年代測定」ができたとして考えてみましょう。
まぁ完成することなんてないんでしょうが(爆)、あるとすれば
遺物(たとえば土器)の焼成年代が明確に(たとえば2043.531年前とか(爆)示される時代が
来たとします。
そのとき、考古学側が行ってきた「編年」は一旦混乱するでしょう。
そしておそらく、やっとここで「複雑性」への思考が生まれる
(というか、多分それだけを成果とする研究が増える)と思います。
そして「考古学的型式論との齟齬がなぜ生まれたのか」という問題に発展するでしょう。
それは型式論による年代は結局「ある時間幅」を想定せざるをえないものということに
落ち着くと思います。
でも、理化学年代が「ある時間幅」を持たないものなのかというと、それは違います。
なぜなら、その資料は結局「型式的に分類される」ものであるからです。
もちろん理化学的な性質による分析も可能となりますが、その範囲はおのずと限られるでしょう。
つまり、型式論による検討を行う限り、結果的には「ある時間幅」を想定せざるを
えないことになります。
・・・ということは、考古学者が「行うこと」は、それほど今と変わらないのかもしれません。
結局「分類」するのは考古学者なのですから(理化学的方法を用いても、です)。
このように、理化学的年代測定の発展は、考古学者の活動を阻害するものではなく(笑)、
単なる事実提示=編年,地域性「のみ」を目的としている研究者の活動を阻害するものとなりますね(爆)。
このトラップにかからないために(笑)、常にモノとモノの関係を捉える訓練をしていきたいものです。