top>Archa的考古学。>エミックとエティック。
最近呼んでいる本の中に、「エティック」と「エミック」という語が出てきました。
いつもどおり、『辞典』を引いてみましょう。
音韻論(phonemics),音声学(phonetics)の語末をとって造語した、
アメリカの言語学者パイク(Pike,K.L.)の
タグミーミックス(tagmemics文法素理論)のことば。人類学など関連の分野でも
用いる。観察可能な現象の表層の差異にあくまでも注目して記述しようとする
視点を
エティック,その現象の背後に想定されているコードに即し,一部の差異をあえて無視して
分析単位を同定しようとする視点をイーミックと呼ぶ。
→外在的批判;内在的批判;客観性;主観性
とあります。
観念や理論を批判するにあたって、内的な論理構造よりも、
それらの意図、イデオロギー的意味、社会的基盤との関連などに
力点をおいて批判すること。(以下略)
観念(思想)や理論を批判するにあたって、それらの内的な
論理構造の検討に主眼をおき、その論理的な矛盾や不整合性、あるいは
事実関係との照応性を明らかにする批判方法。外在的批判の対概念。
内的批判ともいう。
これで結構わかりやすいといえばわかりやすいですが、
松本直子さんがおっしゃるには、
エティックとは、研究者の視点から分析的になされる解釈であり、
エミックとは、当事者が抱いている解釈
ということらしいです。これに続けて、
つまりエティックとエミックは視点の違いによるものであり、客観性や実用性において
一方的にどちらが勝っているというようなものではない
と述べておられます。
ちょっと意味のとりかたが異なるかもしれませんが、
これは、たとえば人類学などで従来から行われてきた調査方法の一つである
フィールドワーク(検討対象の社会に潜り込んで、同じ生活をし、同じ感覚を
もった上で、研究する方法)はエミックということができるでしょう。
しかし、レヴィ=ストロースによって広められたこの思想が批判されたことからも
わかるように、もう一つの方法としてエティックというものが存在します。
それが主に社会学において一般的な思想であるエティックでしょう。
なぜこのような違いができるのでしょうか。
それは、各学問領域において、目的がことなるからということができます。
考古学において、一般的に言われる目的の一つに、
当時の社会を復元する
というものがあります。
これは、先程述べた民族学・人類学の方法の一つでしょう。
つまり、当時の人々と同じ思考回路や風景を考えるということです。
これがエミックですね。
しかし、社会学では社会を復元することが目的なのではありません。
社会を検討することが目的なのです。
この差は大きいと思いませんか?
そのため、社会学では当時の人々は考えていなかったような視点でも
社会を検討しています。
これはエティックでしょう。
考古学は、実は両方を行っています。
おもてだって明らかにはしていませんが。
というか、未分離ですが(笑)。
エミックなところでは、先程述べたような復元でしょう。研究者の方の
中でも、「当時の人々が考えていた基準で物事をみるべきだ」と考える
方も多いことでしょう。
しかし、考古学では、技法といった問題や、統計分析その他、
数多くのエティックな分析もされていると言えるでしょう。
これが両方されていることは健全なことだと思いますが、
(意識の中では)未分離であることは、不健全だと思います(笑)。
みなさんも、今自分がしていることが、エミックとエティック、どちらの
視点で行っているのかを考えておくのは、非常に重要なことだと
思いますよ。