ここは、ウチのサイト初の、読者参加型ページです。
みなさんが、本を読んでいて、「こっこれは!!(笑)」と感動した文章や、
「うーん確かに・・・。」と納得した文章、また今まで知らなかったコトを
教えてくれた文章など、とにかく「この文章はオススメだっ!!」といえる
モノを教えてください。
内容は、特に考古学に限らず、哲学や歴史学・心理学から、日常生活における
会話まで、どんなモノのの引用もOKです。
内容を送るには、申し訳ないですが、掲示板に直接書き込んでください。
それを私がページにアップしますので。
どんなコトでもいいので、よろしくお願いしますね。
まぁ、ゆっくり気長にやっていきます。
では、さっそくArchaから。
文責:Archa
この文章を引用したのは、この前の高知であった埋蔵文化財研究集会で、「文化変容」という語句を
初めてきいたからです。へぇーーって、思いました(笑)。
植木武 1996「初期国家の理論」『国家の形成 人類学・考古学からのアプローチ』 三一書房より
P16の抜粋
「社会変化(中略)と紛らわしいのが社会変容(social acculturation)という用語である。
アカルチュレーションとは、社会あるいは個人が変化することを意味するのだが、
その仕方に特徴がある。これは、2つの文化が継続して接触した結果、互いに、時には
主として一方が、他方の影響を受けて変化することである。
通常は、ドミナント(Archa註:「支配的」みたいなイミ)な文化が、従属する文化により大きく
変化をもたらすのである。
ところが社会変化というと概念は大きくなり、外部からの刺激により起こる文化変容はもとより、
内部のサブシステム同士の係わり方のズレが生じる変化も包括する。」
文責:Archa
これは、ちょっと読んだだけではワケがわかりませんが(笑)、含蓄がある(ように思える)文章です。
見田宗介1996「交響圏とルール圏−社会構想の重層理論」『岩波講座現代社会学』第26巻 社会構想の社会学 岩波書店より
「ニーチェにとっては、(中略)人間が−ひとりひとりの人間が−ある集団的な企図の手段であって
目的ではないような世界を、受け入れることができなかった。(中略)
すなわち、キリスト教の中に埋没してしまった、人を隷属させるような至高性のかたちと、
理性が自己目的化されるために主体的な生や思想が閉塞させられてしまうような状況との双方に、
同時に向けられる抗議であった。」
(3/14)
文責:Archa
最近買った本の中で、ちょっと長いけれども、興味深い一節があったので、挙げておきます。
安田尚 著
1998
『ブルデュー社会学を読む 社会的行為のリアリティーと主体性の復権』(青木書店)より
P17の抜粋
「ピエール・ブルデューの社会科学認識論から見れば、従来の社会学がその基本範疇としてきた
『社会と個人』、『構造と主体』、『マクロとミクロ』といった二項対立的分析視角は、一種の疑似問題、
つまり誤った問題設定と言わねばならない。こうした分析視角はどちらか一方を、あるいは
また両者を『実体化(substance)する』誤りに陥っているのである。すなわち一方では
『個人』『主体』『ミクロ的論理』などにとって『社会』『構造』『マクロ的論理』などとは、手のつけようのない、
いかんともしがたい一種の『運命』『よしなしごと』とされ、『個人』にとっては超越した存在として受け取られてきた。
また逆に『個人』や『主体』、『ミクロ的論理』が『実体化』されると、それらは社会との関連をたたれた
何者にも拘束されない『自由』で『万能な』創造主体として捉えられることになる。ブルデューに言わせれば
このようないわゆる『主体主義』は、身体化された『過去』からも、構造化された『過去』からも拘束を受けない、
一瞬一瞬自らを作り出す自由な存在として諸個人を規定することになる。
しかし、こうした二律背反に対する従来の社会学がとってきた解決策は、
つまるところ何らかの『折衷主義』であったと言えよう。
『役割』、『集団』、『社会化』、『中範囲』などが両者の『媒介』項として設定され、両者の属性が部分的に
付与、混交された継ぎ木細工がつくりあげられてきたのである。ブルデューに言わせれば、
こうした問題設定は疑似問題である。」
同文献より
P22の抜粋
「共通の基盤となっているのは、対象の構成を重要視するという点です。
科学的行為の中でもっとも基本的なもの、それは対象の構成です。
仮説なしに、また対象を構成する道具なしに、現実に向かうことはできません。
一切の前提を捨てていると思っている時、知らず知らずのうちに対象を作っているのであり、
しかもその場合、たいていは誤った仕方で対象を作ってしまっているのです。
社会学の場合、特に対象構成に注意を払う必要があります。」
(4/1)
文責:Archa
最近弥生〜古墳時代研究では、「社会的緊張」とう言葉がよく使われていますが、
知らず知らずのうちにマルクス史観だったんですね・・・(笑)。
Bruce G.Trigger1985,Archaeology As Historical Science
(Monograph of the Department of Ancient Indian History,
Culture and Archaeology No.140)
菊地徹夫・岸上伸啓訳1991『歴史科学としての考古学』雄山閣より
P81の抜粋
マルクス主義に立つ考古学者は、特に、社会的緊張(Social Tensions)に興味を持っている。
というのも、彼らは、弁証法的なプロセスとしての文化変化を理解するためには、
そのことが決定的に重要なことである、と考えられているからである。
マルクス主義者の理論のコンテクストでは、社会的葛藤こそは、社会組織における
諸変化が引き起こされる手段となるのである。」
]
(4/4)
文責:Archa
この一節は、考古学研究に対しても、強烈なインパクトがあるかもしれませんね。
安田尚 著
1998
『ブルデュー社会学を読む 社会的行為のリアリティーと主体性の復権』(青木書店)より
P23の抜粋
「(ブルデューは)『実証主義』パラダイムはなお根強く残っています。理論的構想力なしに、
真の理論的反省というよりも『学者』の常識の産物であるような問題を立てて、
経験的研究が続けられています。他方、グランドセオリー、つまり経験的研究から
まったくかけ離れてしまった永遠のグランドセオリーがあります。そのうえ、
[実は]この二つがうまく手を携えて行われているのです。すなわち一人の学者が、
実証主義的なタイプの経験的研究を行いながら同時に、[実証的根拠をもたない]
理論的理論を作り出すことができるわけですね"と述べている。一人の社会学者が
「理論」と「実証」を行っているように見えるが、両者はともに「常識」や「直感」に身を
任せており、それらはともに「自然発生的」なのである。」
(4/8)
文責:LONさん THANKS!!
著名な作家でも、あり海洋学者でもあったレイチェル・カーソンの作品からの一説です。
彼女のこの作品に私は非常に感銘を受けました。ある意味私の生き方の原点です(笑)。
レイチェル・カーソン 『センス・オブ・ワンダー』 新潮社 (原著は1956出 版)
もしもわたしが、すべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力を
もっているとしたら、世界中の子どもに、生涯消えることのない
「センス・オブ・ワンダー=神秘さや不思議さに目を見はる感性」を授けてほしいと
たのむでしょう。
(4/14)
文責:Archa
最近更新してないので、一応この本も、ここまで進んでるぞってことで(笑)。
で、実はこの考え方は非常に重要なものだったりします。
前掲 安田尚1998『ブルデュー社会学を読む 社会的行為のリアリティーと主体性の復権』(青木書店)より P42−P43より
P.ブルデューのいう構造とは、「関係間の関係」である。
それほど素朴でない実証主義は、アナロジーに依拠した仮説を理論の代用として
用いることがある。だが、これとて十分な「認識論的警戒」を怠ると無意味なものとなる。
現象の表面的な類似性だけを便りにモデルを作ると、経験主義と同じ誤りに陥る
可能性がある。事前の観察が仮説を生み出すのではなく、理論が個々でも仮説を作ることを
忘れてはならない。その意味でウェーバーの「理念型」も、「近似的な理論構成(典型や
極限ケースを理論によって構成)なのである。
ブルデューが積極的に評価する仮説形成の方法は、「比較法(demarche comparative)」である。
つまり、「アナロジーにもとづく仮説によって導かれた比較は、・・・・・・
関係間の関係(relations entre les relations)についての仮説的理論体系を組み立てる原理なのである。」
(中略)
「単なる類似とアナロジーは異なっている。現象に逆らって勝ち取られねばならない
関係間の関係であり、自覚的になされた比較や抽象化の作業によって構成される。
しかし、模倣モデルはこの両者を混同しているので,外面的な類似性しか把握できず、
この点で解釈すべき現実の隠された法則を解明しようとするアナロジー・モデルとは異なっている。」
つまりアナロジーによる「比較法」のポイントは、表面的な類似性ではなく、それに逆らって
発見される関係レベルでの類似性なのである。
(中略)
「関係間の関係」とは、このイミである。こうした表面的な類似を越えて構成される
「関係間の関係」を、ブルデューは「構造的相同性(homologies strucurales)」と呼んでいる。
この相同性(ホモロジー)は言うまでもなく生物学的概念であり、表面的な異質性に逆らって
発見される解剖学的構造における類似性である。平たく言えば、それは構造における類似性である。
(4/14)
文責:Archa
これも、メモしていたのは結構前なんですが。最近は違う本を読んでいます。
それもまた紹介しますね。
前掲 安田尚1998『ブルデュー社会学を読む 社会的行為のリアリティーと主体性の復権』(青木書店)より P110
「ブルデューは、学的知の時間と実践の時間は異なると指摘したうえで、その理由を明らかにしている。
科学は時間を排除して実践を分析するのであるが、なぜそうせざるをえないのであろうか。それは、
以下の理由による。
(1)「分析者はいつも遅れて[事が済んだ後に]やって来るので、到来する可能性のあることに
不確かな気持ちで待っている(avoir d'incertitude)ことができない」からである。さらに、
(2)「分析者は、時間の効果を全体化する(totaliser)。つまり、それを乗り越える時間をもつからである。」
すなわち、学的知が時間を排除せざるを得ないのは、その分析が常に「事後解釈」だからであり、
また実践の全経過を一挙に見通す視点に立とうとするからである。だから、実践の時間はこの
科学の時間とはまったく異なる。」
(5/5)
文責:Archa
実は、前に紹介すると言っていた本とは違う本なのですが(笑)。
更新が少ないので、これをまず挙げときますね。
でも、紹介する予定だった本は最近まったく読んでません。難しすぎるから(爆)
本の題名は 田原音和1993『科学的知の社会学 デュルケームからブルデューまで』(藤原書店)です。
結構読むのに集中力がいるので(笑)、あとまわしにしますね。
で、今回はちょっと趣向を変えて。
文責:Archa
Paul R.Krugman1996"The Self-Organizing Economy"北村行伸・妹尾美起訳1997『自己組織化の経済学』(東洋経済新報社)より
P28
「経済学の概念は、数学的に表現されたときに(たとえその難解さがほとんど
見せかけだったとしても)、最ももてはやされるように見受けられる。結局のところ、
教師は黒板に書いて示せるものを求め、賢い学生は自分の賢さを見せびらかすことの
できるものを求めるのである。
重要な概念でも簡単な例と見事な寓話で語られてしまうと、難しい数学を使ったときよりも、
無視されがちになるのである。」
(5/14)
文責:Archa
たまたま読んでいた本に、若干気になることがあったので、書き留めておきます。
ラドクリフ・ブラウン著『未開社会の構造と機能』より(出版年わすれた)
P6
「通常理解されているように、歴史学は過去
−ごく最近の過去についての研究も含めて−
の状態や事件についての知識を提供するために、記録や古文書を研究する学問である。
歴史学が第一次的に個別的な探求からなり立っていることは明らかである。
前世紀には、歴史学者はその作業において理論的な考究を承認すべきであるか、
あるいは一般化の点で取り扱うべきであるかどうかということに関して、
方法論争
(Methodenstreit−ドイツ経済学の歴史学派グスタフ・シュモラーと、
オーストリーの経済学者カール・メンガーとの間に行われた論争。
前者が理論と歴史の間に、根本的区別はないとしたのに対し、
後者は理論の優位性を主張した−訳者注)
として知られる有名な論争があった。非常に多くの歴史学者は法則定立的探究は
歴史研究に含まれるべきではなく、歴史研究は何が起きたのか、またどのようにし
て起きたのかということを明らかにすることに限定されるべきであるという見解をとってきた。
理論的あるいは法則定立的探究は社会学に当然委託されるはずであるとしたのである。
しかし歴史学者がその過去を説明する際に理論的解釈を含めても差し支えない、
あるいは含めるべきであるとさえ考える人々も何人かはいる。
この問題に関する意見の不一致、および歴史学と社会学の関係についての
意見の不一致は、六十年たった今日もなお継続している。」
(5/16)
久しぶりに(?)考古ネタを。
宮路淳子1995「縄紋時代研究における社会生態学的理解への一試論−河内平野を例として−」
『大阪文化財研究』第8号 (財)大阪文化財センターより
P67より
「わずかな洗脳でも、学問の方法をずっと退屈で単純で一様で「客観的」で厳格で、
かつ普遍の規則による取り扱いをいっそう容易に受け入れるものとするのに威力を発揮する。
日本考古学においては、戦前・戦後を通じ「仕事」が行われる状況を、そこにあらわれる要素を
単純化することによって単純化することが可能であった。第一に、研究の領域が限界づけられた。
この領域は人類史のほかの分野からきりはなされ、それ自らの「論理」を与えられた。
そしてこのような「論理」の徹底的な訓練がその領域で仕事をする人々を条件づけた。
それは彼らの行動をより画一的なものとし、更に人類史の過程の大きな部分を凍結してはばんだ。
安定した「事実」が出現し、人類史の転変に関わりなく自らを貫徹してきたのである。
こうした「事実」を出現させる訓練は、諸々の分野の間の境界を壊すはたらきをもするはずの、
直観の力を抑制することをその本質としている。こうして厳格な規則によって、取りまとめ得るような
伝統を創出することが可能となり、それはまたある一定の範囲内での効果を収めてきた。
日本において、これまで考古学の方法・理論の構築が積極的に行われなかったことは現在の体制のなかで、
様々な意味での深刻な問題である。(中略)日本考古学は方法論の限界を他の目的に転嫁することによって、
自らの責任の放棄を可能としてきた事実から目をそらしてはならない。」
(5/23)
とりあえず読んだパーソンズねたです(^^;)。
中野秀一郎1999『タルコット・パーソンズ−最後の近代主義者−』
(世界の社会学・日本の社会学シリーズ)東信堂より
P49
「個々の行為が、バラバラにならず、ある形(秩序)を示すのは、そこに内在している規範的要素の
せいであるとして、それでは一体どのようにして規範が共有され、人々の間に一定の共通な
意識(集合意識)が生まれるのか。ここでは、もう一度デュルケームが援用される。個人意識が、
類似のものになるのは、その内的状態を表現するシンボル(記号)を用いて人々がコミュニケーションできる
ときである。
ここに、いわば個人主義を超える鍵があるのだ。共通のシンボル・システムによって
コミュニケーションが可能になる時、規範や価値、あるいは状況の定義さえもが共有されることになる。
これを文化の共有といい、これによって相互作用が可能になるのである。」
5/29
文責:Archa
うーん。これは、はっきりいって強烈過ぎます(笑)。
P.ブルデュー・シャンボルドン・パスロン1994『社会学のメチエ』田原音和・水島和則訳
"le metier de sociologue prealables epistemologiques"
(pierre bourdieu・jean-claude chamboredon・jean-claude passeron著)より
p39
「ある種の理論論文は、既知の事柄あるいは知るのが可能な事柄すべてを網羅してしまっているが、
これはちょうど、いつでも出来事を後から回顧的に知る占星術の預言のようなもので、あらかじめすべてを
自分の領分に入れておこうとする目的を果たしていいる。
クロード・ベルナールは言う。
『ある問題に関して、実験が後になって行われた時に、自分の権利を主張するためだけに
とにかく言えることは何でも言っておこうとする連中がいるものだ。彼らはちょうど、空にある星全部を
スケッチしておいて、後から新しく発見された惑星は自分が預言しいておいたものだと主張する天文学者と同じである。』」
6/6
文責:Archa
最近あるちゅせーるのカタメうちしています(^^)。
今村仁司1997『アルチュセール 認識論的切断』(現代思想の冒険者たち22)講談社より
「マルクスの言説から、いくつかの要素を取り出して、それらを観念論と唯物論に振り分ける操作がある。
そうした操作は、マルクスの思想の『源泉』や『先駆者』を語ったり、あるいは反対に、観念論的でありながら
『すでに唯物論を先取りしていた』といった、『後に発芽し開花するであろう萌芽』論を語ったりする。
このような見方は、恣意的に結末を想定し、しかもその結末を思想家の人生の最初にあったかのように読み込んで、
『いずれ萌芽が開花するだろう』式の読み方であり、これを言語で表現するときフランス語では『前未来形』の
文法形式をとるから、アルチュセールはこうした歴史の書き方を『前未来形で書く歴史』と読んでいる。
このような読み方にはいくつかの前提が隠されている。」
6/10
文責:Archa
あるちゅせーる特集です(笑)
上に挙げた文献よりP150
「新しい世界の発見者は、古い形式それ自体のなかで精神を鍛えたのでなければならず、
それを学び、それを実行し、その批判において抽象的な形式一般を操作する趣味をもち、
その技術を学ぶことが必要である。
じっさい古い形式に習熟していなければ、新しい対象を考えるための新しい形式を作り出すことは
できなかっただろう。・・・・・・・彼が忘れねばならないもの自体の中で彼が発見するはずのことを
述べる術を学ばなければならないという、あの逆説的な条件・・・・」(以上はアルチュセールの文章)
この文章の主旨は明快である。
これをわかりやすく言えば、新しい思想や理論は突如として生まれるのではない、
志向するものは古い地盤で徹底的に訓練されることを決定的な条件とするということだ。
われわれの文化的伝統の中には温古知新という言葉があるが、それに近い考え方だ。
新しいものの発見者は無から出発するのではないし、またそうすることもできない。
彼は古い思想の空間の中で、古い思想のよう誤報やメカニズムを厳密に使いこなす訓練を十分に受けてはじめて、
古い思想の弱点を知りぬくことができるし、そうすることで古い思想形式を克服し、さらには新しい思想形式を創造することができる。
同文献P154より
「マルクスにあっては、矛盾は社会構造から分離できないし、社会構造を構成する諸水準のそれぞれによって規定される。
水準または審級あるいは領域が異なれば、そこにおける矛盾の性質や方向も異なる。
だからへーゲルの矛盾がどこでも同じ矛盾として抜き出せるようにする本質/現象の構成はマルクスには見い出せない。
それぞれの矛盾とそれが根づく水準と審級は、それぞれに固有の特質をもっており、たんなる仮象や付随現象などではありえない。
それぞれの固有の特質をもつ諸矛盾が、にもかかわらず、特定の状況で、特定の場所において、集積し凝縮すること、
それが矛盾の重層的決定である。
本質が現象を決定するのではなく、諸矛盾が異質のままで相互に決定しあい、同時にそれらの水平的相互決定は
垂直的に「最終審級(下部構造)の矛盾」によって決定される、つまり各部分領域のか活動範囲が限定されるつつ、
つなぎ合わされる。
この場合、諸矛盾が「相互に決定し合う」というのは、一方と他方が互いに働きかけて「限定し」あい、
特定の文脈のなかでの相互の位置を定義することを意味する。またこの並存する諸矛盾の相互作用を、
もうひとつ別のレベルから、つまり社会構造の下から垂直方向で働きかける作用がある。
それがマルクスの考えでは、構造を秩序づける決定因となる下部構造である。
下部構造の下から上への垂直作用を「最終審級における決定」とよぶ。」
Archa:そろそろマルクスに入る時期がきているんでしょうか(^^;)
同文献P159より
社会的全体は、諸種の水準・審級・領域からなる複合体である。
この複合的全体の「複合性」の概念が議論の焦点になる。
かりに複雑なものが、単純な要素に還元できるとすれば、その種の「複雑さ」は、アルチュセールが構想するような「複雑さ」ではない。
その種の「複雑さ」は、要するに単純な諸要素の集まりであり、その集まりを複雑と呼んでいるに過ぎず、
複数性の別名でしかない。積み木の集まりは複雑にみえて、じつは単純である。
そのように経済決定論も積み木細工のようなものである。複数であることは真実の複合体ではない。
同文献p204より
認識の効果の概念は、他の概念(たとえば、「問いの構造」の概念)とともに、
伝統的な認識理論(結局は、「広い意味での経験主義」による説明法)
を批判し、しりぞけるために構想されている。たとえば、思考が作る知識はどこから来るかと伝統は問う。
そのとき、流派により、種々の答えが用意される。
−一方では、現実からの生成、経験からの生成、つまり現実的対象からの生成、他方では主体に内在する原理からの生成。
要するに、どこかに起源があり、その起源から知識は生成するとされる。またもや「起源神話」である。
起源は種々の形式をとるが、要するに起源は起源であり、知識は「精神」を媒体としてその「起源」から「生成」する。
平たく言えば、数学は測量士の経験から昇華したものである、経済の知識は簿記会計士の実践的経験から
純化したものである、といった考え方は、起源からの生成の神話的解釈である。
純化し昇華できるのは、現実的対象のなかに心理が存在すると想定するか、主体の内部に心理条件がアプリオリに、
超越論的に備わっているのか、どちらにしてもつねにすでに、神的ロゴス(知識のモルト)がどこかに実在していると
想定されているのだ。だからこそ、前にもふれたような「知と物の一致・照応」のアリストテレス=スコラ的命題が
自明とされてきたのだ。
それが「現実と認識の対象の同一化」の究極の原理になっていた。これは「古い意味での宗教=神話的認識理論」と呼んでもよい。
アルチュセールの認識メカニズム論または認識効果論は、この西欧哲学の伝統的考え方を根元からつき、解体することをねらっている。
同文献P207より
認識論的差異の概念によって、もうひとつの問いが誘い出されてくる。
認識論的差異は、認識の対象を現実的対象から峻別することで、認識生産の構造と認識の効果の生産を、
歴史的流れにおいてではなくて、現存性のレベルで把握できる地平を切り開く。
過去をもって現在を説明するのではなくて、現在を現在の平面で説明するのである。
現在の構造は、過去の構造を参照したり、過去の経験のなかにその生成の原因を求めることでは決して説明できない。
そういう連続論は、ひとつの思想または理論の「先駆者」を過去のなかに求める。
しかし「先駆者」に関する「問いの構造」と現在の思想や理論の「問いの構造」は異質であり、不連続である(新しい学問の創設に関して)。
切断は構造と構造の切断である。そしてこの切断に光をあてるのは、現在の構造であって、過去の構造ではない。
マルクスが「人間の解剖が猿の解剖の鍵を提供する」という比喩で語っていたのは、この事情である。
認識論的差異が教えること(認識論的切断、問いの構造、認識の効果,等々)に照らしてみると、
マルクスの本来の研究対象である「社会の生産」の問題がいっそうはっきりしてくる。認識の場合と同様に、
現在の社会の認識効果が過去の先行社会の認識を可能にする。
起源は不要であり、現在性の構造のみが肝心である。
たとえば、近代社会を理解する時、封建制から資本主義への歴史をたどることで可能だと一般には理解されている。
そうした思考は、近代社会の「起源」を過去の封建制に求める思考であり、起源からの生成という神話がまたもやぶりかえす。
たしかに、近代社会は歴史の「結果」であるが、その結果は認識の場合と同様に、構造の切断による結果であり、
それ独自の構造的条件をもっている。この論点に関してマルクスはこう述べている。
「問題は、様々な社会形式の継起において経済的関係の間い確立される関連ではないし、
ましてや【理念】におけるそれらの継起序列などではない。・・・・・・・・・問題は、近代社会におけるそれらの分節的結合(Gliederung)である。」
(6/14)
文責:Archa
芝井敬司1981「現代歴史学と数量的方法」『史林』64巻3号 史学研究会より
p86
Archa注:この人はすごい人ですねぇ〜。文章が鋭いです。
仮説検証過程で数量的方法はどのような役割を担ったのか。
仮説の検証という問題に対して、伝統的な歴史研究は十分な解答を持ち合わせていない。
特に通史的記述において、歴史かは大きな歴史の傾向といったものを掴み取り、
叙述の中で史料を効果的に引用しながらこの傾向を浮かびあがらせる。
叙述全体から読者の同感的理解を引き出し納得させるのである。
これは検証ではなく例証である。説明ではなく説得である。
前述のように、このような例証と説得に大きく依存する仮説の正当化は、
自分自身の見込みに一致する例を挙げる危険性を免れ得ない。
また、仮説は例証によって反証しようとしても反証不可能である
(注:特に命題が全称命題ではなく、傾向の把握を前提としたゆるやかなものである場合には、
例証は反証に結びつかない)。
そのために、歴史学における学問的論争が、透徹した洞察力と称するものをお互いに競い合うか、
時には歴史叙述の奥に潜む世界感を持ち出して研究の意義を云々するといった、
不毛な形でしか展開されない場合が、往々にして見うけられたのではないか。
(6/14)
文責:子悪魔さん (ふたたび)THANKS!!(^^)
フランスの近代作家アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリの書評からです。
―文学になんの意味があるっていうの?非生産的じゃない。
―たしかに・・・でも少なくとも文学には感動があるわ。
―感動がなんの役に立つっていうの?
―明日への意欲につながる・・・つまり元気のもとね。
生産に従事するのに最も必要なものでしょ?
文学の効用に厚い信頼を寄せている私は(爆)声を大にしていいたい。
<感動><意欲>目にはみえないものですが、大切なものなんじゃないのかなって・・・。
(6/16)
文責:Archa
かなり長い文章ですが、非常に興味のある文章です。
がんばって(笑)読んでくださいな。
上記『アルチュセール・・・』より
p218
へーゲル的時間論と本質的には同一の時間論が現代社会・人間科学のなかに生きている。
構造主義の人間科学はしばしば「共時態」/「通時態」の対概念を使用し、構造を「共時態」と定義する。
この対概念が成立する条件は、両項に共通する等質的な時間の流れ(普遍の大文字の時間)である。
「共時態」とは時間の同時代性であり、「通時態」はこの等質的時間の連続体の別名である。
この等質的時間の流れから特定の両極を切りとれば、そこにひとつの「共時態」ができあがる。
前に指摘したへーゲル的な「等質時間」の流れを通時態と呼び、時間の同時代性を共時態と呼べば、
そっくり構造主義の時間論ができあがる。
たしかに、構造主義が通時態主義(歴史主義)を批判し、現存性の構造を強調したことは正しい。
そしてここから現代の重要な人間科学の成果が生まれることにもなった。(言語学、人類学、精神分析、文学芸術理論、等々)。
ここに構造主義が広義の経験主義から抜け出す先駆的な試みがあった。にもかかわらず、時間論に限っていえば、
構造主義の時間論(共時態論)は歴史主義の通時態主義と同一の地平に立っていて、それを転倒したにとどまる。
構造主義は、研究方法の構造論的革新によって事実上、近代の主体哲学の屋台骨を揺り動かす貢献をしたのだが、
歴史に関しては依然として古い時間論を温存してしまった。構造主義が歴史を説明できないのは、
時間論がないために(たとえば、無時間論的に見える現在の共時態の強調)歴史離れをしたからでも、
歴史を無視したからでもない。
そうではない。構造主義はしっかりとした時間論をもっている。
それが等質的時間の連続体の上に立つ
同時代的な時間論であって、まさにそれこそが、いささかの逆説もなしに、構造主義が敵対する歴史主義や
へーゲル主義とも共通する土俵なのである。
60年代初頭に、サルトルとレヴィ=ストロース主義との論争があった。
これから派生して「構造か歴史か」の論叢が国際的舞台で闘わされた。両者が対立する理由も主題も
多々あるのであるが、ここで問題にしている時間論に限っていえば、それはニセの論争でしかない。
なぜならサルトルのへーゲル主義的歴史時間論も、レヴィ=ストロースの共時的構造論も、実際には、
同一の時間論の上での鏡的な対立であるからだ。共時態主義も、通時態主義も、大文字の等質時間の鏡像的分身である。
(中略)
時間の多様性は、時間のリズムの多様性である。これによって彼ら(フランスアナール学派)は
個々の領域の歴史的展開の独自性または固有性を承認している。 ブローデルは時間のリズムを、
短期、中期、長期に区分する。これによって彼は事実上、時間にはそれぞれ違いがあることを認めたといえる。
それは異質時間論に向けて大いなる一歩を踏み出したともいえよう。
現代歴史学のこのようなすぐれた功績は決して否定できない。けれども認識論的にはまだ批判の余地がある。
歴史学者は時間とリズムの多様性という事実を正確に確認したが、この時間の多様性を可能にする
社会全体についての問いは提起しない。時間のリズムや幅に差異があると確認するだけでは、
全体を構成する各領域の時間的リズムの変動を可能にする条件が見えてこない。
社会的全体との関連から切りはなせば、歴史学者のいう「短期・中期・長期」の区分は
等質的時間の連続体からの切り取りになってしまうし、事実、暗黙にはそうなっている。
(中略)
その限りでは、時間と歴史のありうべき概念はまだ存在しない。歴史の概念はまだないとしたら、これから構築されなくてはならない。
(6/16)
文責:Archa
上記『アルチュセール・・・』より
p223
社会の種々の領域が上下関係(これが階層構造だ)をもつというだけなら、誰でもできる。それは常識である。
しかしなぜ各領域が上下関係の秩序をもつのか、この階層的上下関係を統括する「掟」がどのようなものかを問うことは、
けっして常識的ではない。もし階層関係がたんなる積み木細工のような重なりであるなら、理論などは不要である。
問題は、各領域を結ぶ「きずな」が目に見えないものであり、しかもそれが部分と部分、部分と全体の両側面から
出てくる「作用」が複雑に入り組んでいる事態を解明することである。アルチュセールの引用分が言いたいのは、
この作用の複雑な噛み合わせを、「最終審級における決定」と、その決定(限定、規定)が種々の領域を
走っていくルートがおのずから階層構造をなしている事態を、「決定の効果の階層的支配」とでも
いうべき観念でまとめることである。
(6/16)
文責:Archa
上記『あるちゅせーる・・・』より
P224
効果(決定)の重層化された複合態は時間論の観点から捉えかえすことができる。
いやむしろ、複合的全体における決定ないし効果の階層性は、矛盾の重層的決定とともに、
独自の時間論を前提にする。各レベルはそれ固有の時間性すなわち歴史を持っている。
この互いに異質の時間性が各レベルの運動リズムを規定し、相互関係はリズムの異なるレベル間の関係になるから、
最終審級/支配因が及ぼす効果もまた場所によってまちまちになる。透明な切り取りは不可能になる。
したがって、各レベルの全体に対する「相対的自律性」を承認しなくてはならない。
そうなると、各レベルの時間性または運動リズムは特有の性質をもつのだから、この時間性は等質的でもなく同時代的でもない。
諸レベルの相対的自律性とは、異質的/非同時代的時間性の別名である。
全体を構成する種々の領域は、同じ時間を生きていないのである。
しかしこの自律性が絶対的でないのは、支配因によってその軌道の幅あるいは変動の両極を限定されているからである。
その意味で、種々のレベルは全体の構造(そして最終審級)に従属している。
(6/24隠し更新)
文責:ぴいちくさん
えみーる様(笑)のおことばです。'The Division of Labor in Society'(1893)より
「ある行為が“犯罪”だから社会模範を脅かせるのではないっ。
その行為が社会的模範を脅かすからこそ“犯罪”なのよ。うっふん。」
Archa:・・・・とのことです(笑)
(7月1日隠し更新)
文責:子悪魔さん こあくまさん、ありがとうございますっ!
なんか見たことあるかもしれないですけど、いいなと思った言葉です。
(1)「愛してます」と言うときは本気でいいなさい。
(2)誰かの夢を笑ってはいけません。
(3)深く情熱的に愛しなさい。傷つくかもしれませんが、
それが一生を完璧に生きる唯一の方法です。
(4)あなたのお母さんに電話しなさい。
(5)変化は快く受け入れなさい。ただしあなたの勝ちを
手放してはいけません。
(6)キスをするときに目をつぶらない人は信用しては
いけません。
(7)1年に1回いったことのない場所にいきなさい。
(8)規則をやぶりそしていくつかやぶりなさい。
これはネパールのタントラトーテムです。
ほんとはもっといっぱいあるんですけどね・・・。
(1)番、すごいと思った言葉です(笑)
そうかそうか・・・。
Archa:こあくまさん、投稿ありがとうございます。
確かに、"すごい"コトバですね。
(8)番がよくわからないんですが、間違ってたら修正くださいな。
(7/21隠し更新)
文責:Archa
発表前というのに、こんなことをしててイイのでしょうか・・・。
昔に言っていた、『科学的知の社会学』です。
ページ数を忘れたのが2つありますが・・・・(笑)
ページ不明分
Archa:この文章が後につながってきます。
ブルデューが「メタ社会学」−社会学がもし科学であるとすればメタ社会学は当然メタ科学のひとつということに
なろう−を問題にする意識のうちには、当然のことながら社会学が科学であり、それが科学として確立されてきた
道程において、すでに社会学的職業が確立されてきたという事実認識がある。
そして、そこにはまた、彼の名付ける「自生的社会学」la sociologie sontanee が好むと好まざるとにかかわらず
存在するようになった、とする事実認識がある。
彼の言う「自生的社会学」とは、社会界の経験的現実を直接的な所与として没批判的に構成するものとしての社会学に
ほかならないが、そこには、職業化して久しい社会学者の知的習慣の惰性が潜み、こうして日常的な社会学者の
職業的わざは、通常、研究者の意識に鋭くのぼることもない習性habitusとして沈殿する。
この職業的習性を明確に暴露し、自覚的なものとする作業が認識論的検討にほかならないから、
社会学的認識論は社会学的実践のいわば外にあってそれを規制する、という意味でメタ社会学なのである。

もういっちょ!
(ページ不明)
Archa:"学的知"にも通じる言葉ですね。
こんにち社会学者であるということは、これまでに積み上げられ日常化されてきた課題設定のルールに多かれ少なかれ従い、
多少とも定式化された社会学的方法を駆使する、または駆使しうる一群の研究者たちだということであり、
その限りでこれらのルールや方法の再生産を確認しあう学会の所属者であり、またその多くはかかるものとしての
社会学教育に従事する制度上のポストを占める者、ということになるであろう。
そこから、おのずと社会学者であるといういわば職業的なエスノセントリズムが生じ、社会学者の職業的イデオロギーが
生ずるのは、むしろ自然のなりゆきだと言うべきだろう。
もちろん、批判と論争をこそ生命とする研究者であれば、右のルールや方法にたえず意義申し立てがおこなわれ、
確立しているかに見える社会学者としての職業的規範は不断に打ち破られるものと考えられなくはない。
社会学の課題性や領域の設定そのものが疑惑の対象とされてきたこともまた、否めない事実である。
にもかかわらず、これらの意義申し立てや論議が直接にせよ間接にせよ社会学の領域内へと求心化されることも
また明瞭であり、たえず社会学的なものを求める姿勢が自明なっものとされていることも比定しえないところである。
ところで、社会学者による課題設定のルーティン化と社会学的方法の定式化は、社会学的研究教育機構の拡充と
相即的な社会学的素養の持ち主の職業市場を拡大することを可能にする一方、ひるがえって後者はまた前者を
ますます拡大再生産してゆく。社会学的職業もまた他の職業と同様に、それが職業として定着すればするほど、
職業上の周性を持ちやすくなると同時に、その職業的習性はそれを担う人びとによってほとんど無意識のうちに
受け入れられるようになる。
ここに、社会学者による社会学的認識の習性化が深まり、それをほとんど無意識に受容する機制が一般化することになろう。
さいきんにおける「社会学の危機」意識の醸成は、巨視的にこれを見れば、公認科学としての社会学が拠り所としてきた
「体制の危機」に負うものであるとしても、一面において、右の社会学的認識の習性化がもたらした学問上の動脈硬化に
対する警戒に由来するものと言えるだろう。
p80
Archa:れーもん・ぶーどんという人に関するコトです。
「社会学のイデーその対象のイデーとの関係に関する課題ではなく、まさしく「社会学者が語るそのままの
言語(ランガージュ)にかかわる」ものであり、「この原則をよしとするなら、この言語の諸構造を分析する事こそが
問題である」として、社会学における形式化された言語の確立、曖昧な対象規定や不十分な記述を排除できるような
言語の統制、社会学的分析の前提諸条件の自覚的な規定、結果として社会学における過剰な決定論の減殺、を目指す。
要するに、以上の事によって「社会学的帰納の批判」を徹底しようとするのである。こうして、たとえば社会学的言語の
脆弱さについては、
(1)語彙のレベルでは「構造」、「機能」、「システム」、「行為」などの主要概念の多義性、
(2)統辞レベルでの「理論」、「パラダイム」、「モデル」、「類型」などの曖昧さ、
(3)意味論的レベルでの「検証」、「説明」の多義性
などが問題にされる。
ブードンからすれば、現代社会学の「危機」的状況は、認識手段としての社会学的方法や用語を曖昧なままに
使用しながら「社会の危機」を説こうとする、いわば社会学的言説(ディスクール)それ自体のなかでこそ存在するのであって、
他の科学以上に多義的かつ複雑な社会的現実=社会学の対象の独自性とともに、それは二重の桎梏となって
社会学者の上に覆いかぶさっている、ということになる。したがって彼は、さしあたりこうした複雑な社会学的言語の
形式的統一を最大の認識論的課題とするのである。」
p88
Archa:これは、一部分を考古学と読み替えると、非常に示唆にとみます(笑)。
彼(ブルデュー)のいうところでは、この無意識的諸前提のうち、
「社会学では、経験主義が、いま、この国で、認識論知危険度から見てその頂点を占めている」
ものであった。どういう点でそうなのか。
第一に、(中略)「39年世代」が大戦のために理論と経験的研究の接合を延引せざるをえなかった事実と並んで、
諸科学の進展状況から見て最後に登場した社会学が、幸いにも先行諸科学がその行程でつまずいた幾多の
認識論的障害を踏まずに回避できたところに、かえって社会学がもっとも初歩的な誤謬に陥ったり、他の科学の
圧倒的な厳密さのイメージから圧迫されるという逆説がひきだされる。
その結果、社会学みずからの方法論的不安感から必要以上にそれの完璧さを要求し、確実らしさを備えた
経験的事実の検証に没頭する方法論マニアを生んだ事である。
第二に、社会学的職業の普及にともなって組織と技術の分化が進み、社会学者を「官僚制的自動装置」のなかに
組み込んでしまった事があげられる。
調査用テキストの過剰生産、大学における管理運営・教育・研究の分離からくる業績主義の進行、研究の職業化がもたらした
資金運用の機会増大、研究者ポストの操作、研究集団の創出等々が、科学的操作の自律化というイデオロギーを生み、
それが社会学的研究=実践の独自性にさえなってきたという状況である。
したがって、大勢の研究者が無意識に使用するパラダイムの切り売り、仮説と検証の辛抱強い往復運動の
省略(認識論的警戒の省略)、「研究将軍」と「調査歩兵」の分離、要するに研究の自動装置化がきそって盲目的な
経験主義か無統制の理論かという選択に社会学者を追い込むという現状がある。
第三に、厳密科学モデルに対する劣等感を裏返した方法論的壮挙をあおりたてる社会学教育の欠陥、
そして第四に、すでに述べたような研究集団への分離とそれに由来する職業的イデオロギーとしての社会学の正当化。
以上がその知識社会学的状況である。
Archa:ね?示唆があるでしょ(笑)。
なんか、こムズカシイことばっかりになってしまいましたが、もっと簡単に書いてくださいね(笑)。