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top>第11回播磨考古学研究集会 2010年2月13日に行った第11回シンポジウムは100名以上の参加者を得、盛況のうちに終わることができました。第11回資料集は、播磨146遺跡、約4300点の弥生時代石器を集成し、これをもとに報告や討論が行われました。ここで若干の報告を行います。 「石器からみた弥生時代の播磨」基調講演:禰宜田佳男さん
禰宜田さんは、播磨の石器素材が近畿の二上山産と四国の金山産に分かれ、吉備と畿内の中間地域を分析し、畿内では地域社会が形成されていたことを指摘されました。 報告:上田健太郎さん 上田さんは、素材の違いと磨製と打製という生産技術の異なる石庖丁と石斧を細かく分析して、時期的な変化と地域的な変化、ひいては遺跡ごと(集落ごと)の異動状態を追跡されました。磨製石庖丁の多い地域と少ない地域があり、播磨の東と西では石材や石器の様相が異なること、石斧や石庖丁の出土地域や遺跡の実態を分析すると、細かい検討からでも従来の枠組みの見直しが可能で、細かい道具の地域色に当時の地域社会の複雑な事情を読み取ることができることを示唆されました。 報告:藤田 淳さん 藤田さんは、玉津田中遺跡での石器石材と生産技術、組成、時期変化などを詳しく分析されました。当遺跡の石材産地は金山産が圧倒的であるが、時期と製品によっては二上山産が上回る現象があること、未製品と製品の流通と、遺跡内での生産の関連性を見通されています。また、当遺跡では、広範な各地から原石や未製品、製品がもたらされ、丹波・北摂地域から磨製石庖丁、畿内から打製尖頭器や大型剥片、紀伊からは磨製石庖丁、淡路からは剥片、四国からは剥片や原石、石斧などが流入し、遺跡内で製作と仕上げ、使用と廃棄の蓄積などから遺跡の性格を語らせています。 報告:菅 榮太郎さん 菅さんは、畿内の大阪湾岸から播磨を眺めた視点で、弥生時代前期から後期までを見通して、石器の生産と流通を分析されました。特に中期と後期の変化に着目され、後期の石器が鉄器に置き換わった絶対量は多くなく、打製石器の多さに目を奪われ、モノ毎に異なる消長であることを指摘されました。鉄器の普及を理由とせず、打製石器が過剰に供給されて紐帯を守る地域社会の特色や、システマティックな構造が中期の石器使用から、社会が自己崩壊を起こすという考え方も披露されました。 |