さてでは、前のページで書きました「考古学資料の特性」を
ほかと比べて見ましょうね。
文献学とは、その名の通り文献史料を用いて行う、歴史学です。
そのため、史料となる資料(?)は、文字となります。
OO年に、誰それがXXした、といったことや、
口口の荷物を==だけ##に運んだ
といった記述を個別的/統計的に検討して、
歴史を編んでいくものですね。
この場合、私たちが扱う分析対象は、「触れないモノ」ですね。
特に、それが文字の場合、「文字こーど」なる用語を使います。
まぁそんな難しいコトバは置いておくとして、ここで重要なのは、
ということですね。
では、「文献そのもの」はどーでしょうか。
この文献そのものは、分析対象としては考古学に入ります(ちょっと強引かな)。
なぜなら、「文献作成編年」なるものを作ることができるのは、考古学だから。
文献学は、文献=文字で書かれた世界より外(文献そのもの)には適用できませんね。
私はプロパーではありませんので(汗)、ご批判等あるかもしれませんが、
とりあえず、理論方面ではない社会学・民族学について、触れておきましょう。
近年その差が埋まりつつある(埋まってる?)社会学と民族学ですが、
その研究対象は、いろいろとあります。
一般的なものを挙げれば、
といったところでしょうか。
アンケート・現地観察は、よく言われるようにモノとして形が残らないものですね。
しかしこの場合は、文献学に見られたような形のない「文字コード」だけではなく、
現在に存在する資料を用いることができます。
さてでは、統計資料やここで挙げた物質資料は、考古学資料とどのような差があるのでしょうか。
統計資料は、 (研究)当時の人々が、研究に使うものとして、資料として製作された資料 です。
その研究の興味や視点が当時と異なり、資料操作の明確な方向性を持ってない点で、資料としての
価値は非常に高いと言えますが、それでも絶対数が少なく、詳細な検討が可能かと言われると、
つらいとも言えるでしょう。
社会学で利用される物質資料は、考古資料でいえば、資料価値がDランクの「伝世品(でんせいひん)」です。
つまり、発掘で発見されたものではなく、地表から出てしまっていて、現在まで存在したものです。
これでは、いくらモノであって昔のものであっても、なかなか検討が難しいところです。
さて、ここでもう一度、考古学資料の特性をおさらいしましょう。
「現代の学問としての資料価値を意図されずに、当時(ムカシ)の人々によって関与され
にもかかわらず我々が過去にさかのぼって段階的に入手できる実在物」
これで、考古学資料を、文献学史料や社会学・民族学資料とも分離できました。
以上のことを、以下に図であらわすと、すっぱりとこうなります。
うーん、さっぱり。
ちなみに、これを論文に書く場合は、サイトのアドレスを掲載してください(爆)。